人生の采配。

人生の采配。

あの記事は、出版社としての広告だったのだろう。でも、買うに値する本だった。

「落合博満」氏の現役時代も中日ドラゴンズの監督時代も、特に、彼のファンだったわけではないが、その独特な語り口やポーカーフェイスには、常に心を捉えられていた。

野球ファンの方なら、2007年の日本シリーズでの、あの「采配」は憶えているだろう。その時の舞台裏や監督としての決断、そしてその判断基準が、落合氏の著書「采配」に淡々と綴られている。

一見、不遜に見える発言や態度から「オレ流」などと形容されているが、実は落合氏の考え方は、極めてオーソドックスであり、彼が「超一流」に上り詰めることができたのは、その才能や努力は勿論のこと、固定観念を排除し、状況を冷静に観察・分析すると共に、愚直なまでに「当たり前」のことを貫く「強靭な精神力」にあったのだろう。著書を拝読し、そう思った。

ところで、友達になっていたわけでもないし、会った記憶も無いが、僕のfacebookでの投稿に、いつも「いいね!」を押してくれる方がいる。先日もその方のアイコンを発見し、気になったのでプロフィールを拝見すると、海外在住のようだった。これも縁だと思い、思い切って僕から連絡をすると、フレンドリーな返事が返ってきた。

その方とのやり取りから、2つのことを思い出した。

1つは、かれこれ25年の付き合いになる、元アップル米国本社Vice President 兼日本法人の代表取締役(日本人で唯一、スティーブ・ジョブズが主催する会議のメンバーだった)で、現在はリアルディアという、ご自身の会社を経営している前刀禎明さんから何度か言われた「揺るぎない信念を持て」ということ。もう1つは、インタースコープ(2000年3月に創業し、2007年2月にYahoo! JAPAN に売却)共同創業者山川義介さんから同社を一緒に経営していた頃、やはり何度か言われたことのある「平石さんの『哲学』は何なんですか?」ということだ。

人間社会は自然科学ではないので再現性は無いし、唯一絶対の解も無いので、人ぞれぞれの考え方があると思うが、落合氏が2009年のワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)の監督就任要請を断った時、ドラゴンズの選手も参加要請を断ったことも手伝ってか、かなり批判されたそうだ(詳しくは、落合氏の著書「采配」を参照されたし)。

落合氏は、WBC監督就任要請を辞退した理由を、ご自身の著書でこう説明している。

「そもそも私は、中日ドラゴンズという球団と契約している身分だ。その契約書には『チームを優勝させるために全力を尽くす』という主旨の一文がある。WBCが開催される3月は、ペナントレースの開幕を控えてオープン戦をこなしている時期だ。そんな大切な時に、私は『契約している仕事』を勝手に放り出すわけにはいかない」。

「現役監督に日本代表の指揮を任せたいのなら、日本野球機構と12球団のオーナーが一堂に介して議論すべきだろう。そこで私に監督を任せようと決まり、球団オーナーを通じて要請されれば、私には断る理由がない。契約をした側からの要請なのだからノーという選択肢はないのだ」。

落合氏は、常に「自分の仕事」に忠実ということだ。

では、今の僕の「仕事」は何で?「誰」に対する「責任」を負っているのだろうか?

前職サンブリッジ グローバルベンチャーズは、僕も共同創業者であり、僅かながらも株式を所有していたが、その会社の生い立ち、資本構成を考えれば、僕の「仕事」や「責任」は明確であり、議論の余地は無かった。つまり、株主として、僕を社長として雇ったアレン・マイナーと従業員に対する責任を果たすことが「僕の仕事」だった。

アレンは少々気まぐれで、一緒に仕事をしていくには大変なところがあるのは事実だが、その一方、とても寛容な人間であり、サンブリッジ グローバルベンチャーズの社長を退任し、ドリームビジョンを再始動したいと打ち明けた僕に対して、「であれば、SunBridge Startups LLPとSunBridge Global Fundは、平石さんがドリームビジョンとして引き継げばいいんじゃないですか? 特にファンドの方は、平石さんがおカネを集めてきたわけだし・・・」と言ってくれた。

そのありがたい言葉を頂戴し、サンブリッジ グローバルベンチャーズの出資持分の一部をドリームビジョンで買い取り、LLPは総務・財務担当組合員として、Global Fund はGP(General Partner)として、ドリームビジョンが運営していくことにした。ちょうど一年前のことである。

LLPの組合員(出資者)は、僕を含めたサンブリッジ関係者。Global Fund の出資者は、サンブリッジ関係者を除くと、その殆どが、僕の友人・知人の起業家の方々だ。

LLPやファンドの運営者としての責任は当然、出資者に対してリターンを返すことだが、ファンド出資者の中には、僕が運営するファンドを通じて、国内外のスタートアップの情報を得たいという方もいる。一方、出資先のスタートアップ(半分は海外のスタートアップ)に対しては、彼らの事業成長のためのサポートをすることが僕の仕事である。

では、ドリームビジョン代表取締役社長としての「僕の責任」と「仕事」は何か?

資本構成は、僕が7割強の株主であり、サンブリッジ グローバルベンチャーズでのアレンの立場にある。尚且つ、経営者も自分だ。非常勤の役員やパートタイムスタッフ、シリコンバレーにはベンチャーパートナーもいるが、サンブリッジグローバルベンチャーズ時代のようにフルタイムの社員がいるわけではない。ましてや、従業員が100名規模になっていたインタースコープの頃とは大違いである。一言で言えば、自由な立場にある。

そもそも、僕がサンブリッジ グローバルベンチャーズの代表取締役社長を退任し、ドリームビジョンを再始動させようと思ったのは、「終わっていない宿題」を終わらせたいと思ったからだ。そのことは、サンブリッジ グローバルベンチャーズの退任挨拶を兼ねたエントリーに書いたとおりである。

その「終わっていない宿題」を実現するべく、この一年、一生懸命に頑張ってきたのは事実である。

しかし、自分が「誰に責任を負い、今やるべき仕事は何なのか?」を明確に意識していただろうか?

ドラッカーの言葉を持ち出すまでもなく、「宿題」に集中するには「やらないこと」を決める必要がある。そうでないと、好奇心に任せて、面白いことに心を奪われて、今の自分がやるべきことが疎かになり兼ねない。

もうひとつ、落合氏の本から学んだことがある。

「『人や組織を動かす以上に、実は自分自身を動かすことが難しい』ということだ。それは『こうやったら人にどう思われるか』と考えてしまうからである。だからこそ、『今の自分には何が必要なのか』を基本にして、勇気を持って行動に移すべきだろう」ということだ。

そのことについては、このエントリーの続編として、近いうちに書こうと思う。

ところで、写真は、閑静な住宅街の一角にある「米屋」兼「おにぎり屋」だ。近所にコンビニがあるにも関わらず、繁盛している。自ら精米したコメで、自らの手で「おにぎり」を握り、お客さんに売っている。80歳は超えていると思われるお祖母さんが元気に店に立っている。

「自分の仕事」を明確に認識し、愚直に実践している人は強いし、年を取っても元気ということだろう。見習いたい。