思い出は美しすぎて。

最近はあまり読まなくなった日経新聞を広げてテレビ欄に目を通すと、SONGSという番組が目に留まった。

今日の特集は「八神純子」。僕が中学高校の頃、大好きだったミュージシャン。

コンサートツアーで郡山市民会館(だったと思う)に来た「八神純子」を観に聴きに行き、コンサートの後は楽屋から出てくる彼女を外で待っていた。

テレビ越しに久しぶりに見た彼女は、さすがにオバさんになっていたが、でも、あの透き通った声は健在だった。

八神純子、伊達公子、チャー、そして、アイルトン・セナ。

他の人がどう思うかは分からないが、僕にとっては共通するものがある。

ところで今日は、法政イノマネの高田朝子先生と、とあることで約2時間ほどMTGをした。

高田先生の専門は、組織行動論(だったと思う)。

先生とのMTGでたまたま話題に上がったのが「効力感(Efficacy)」。

その構成要素は、次の4つ。

・成功体験
・代理体験
・言語的説得
・生理的状態

その中で「最強」なのは、「成功体験&言語的説得」の組み合わせだという。

つまり、何らかの「成功体験」があり、周囲から「君ならできる!」という後押しのコンビネーション。

でも、僕の場合、最初の起業もインタースコープの時も「彼に出来るのなら、俺だって出来るはず」という「代理体験」がきっかけだった。

ネットバブルの頃は、まさしく、この「代理体験」が見事に機能したのだと思う。

翻って今の日本には、「代理体験(ロールモデル)」が無いのだろう。

ブレイクスルーは、その辺にありそうである。

ところで、八神純子の歌を聴いていて、僕はやはり、「個性」で生きている人が好きなんだな(そういう人に憧れるんだな・・・)ということを再認識した。

「才能」の有無は別として、「個性」を活かした「生き方」は誰にでもできるはずである。

どんなに求めても得られないもの。

3月30日生まれの僕にとって、今月から47歳の後半戦に入った。

3ヶ月単位で振り返ると、誕生日前の3ヶ月(1~3月)、誕生日を迎えた後の3ヶ月(4~6月)、そして、暑かった3ヶ月(7~9月)と、その間の僕の精神状態や考えていたこと、物事の優先順位が違っており、人生が進んでいることを実感する。

ところで、3連休の初日は、妻方の伯母の49日の法要があった。

ご住職がお経を唱えられた後、伯母の生前の話に絡めて、簡単な講話のような話をして下さったが、仏教の教えの中には「どんなに求めても手に入らないもの」に関することがあるらしい。

例えば、お月様は、どんなに欲しいと願っても、きれいだと思って眺めることしかできない(月に行くことはできても、自分のものにはできない)と・・・。

人生にも通ずる話かもしれない。

自分に素養があるもの、才能とまではいかなくても、適性があるものなら、一生懸命に努力をすれば、それなりの成果を得ることができるだろうけど、自分に適性のないものをどんなに望んでも、手には入らないのだろう。

子供達を見ていると、それぞれ「個性」が明確で、誰ひとりとして同じ人間はいないことがよくわかる。

問題は、自分を「客観視」できるかどうか?

簡単だけど、難しい問題である。

初めてのSFC。

今日は、法政大学の田路先生から紹介していただいた、とある学生の方を訪ねて、SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)を訪問した。

初めて足を踏み入れたSFCは、想像していた通り素晴らしいキャンパスで、この夏、シリコンバレーで6週間のインターンを経験してきたという彼は、頭脳明晰且つ志のある、将来が楽しみな若者だった。

キャンパスをひと通り案内してもらった後、教職員食堂でランチを食べながら、将来は起業したいという彼の生い立ちや将来展望を聞いた上で、僕なりのアドバイスをした。

彼の話を聞きながら改めて思ったことは、当たり前のことだが、家庭環境や両親の教育方針が、人間形成に大きな影響力を持つということ。

シリコンバレーでのインターンシップの情報を教授が提供してくれる等、SFCという環境が彼に与えている影響は勿論大きいが、SFCという大学を選んだことやシリコンバレーでインターンシップしようと思うような価値観は、彼が幼少の頃から時間をかけて育まれてきたものである。

そう考えると、人間を教育するということは、少なくとも2世代を要するということであり、広大なキャンパスと最新のMacintoshを揃え、一流の教職員を迎えるには、莫大なお金が必要である(親に出してもらうか?自分でバイトして稼いだお金で行くか?は別として、シリコンバレーでのインターンシップに参加するにも、それ相応のお金が必要である)。

ビジネスで成功した人でなければ、私学は創れない。

だからこそ、名誉もお金も手にした人には、次世代の日本を創る若者に投資して欲しい。

国力は、ベンチャーを立ち上げるのとは異なり、5年や10年で何とかなるものではない。

長い時間と大きな投資が必要である。

iPhoneからの投稿@湘南新宿ライン

「捨てるもの」を決める。

「内定式」と「日本社会」というエントリーを書いた後、暫く間が空いてしまったが、僕にしては珍しく?、これといったテーマが無かった。

書こうと思えば書けるネタはいくつもあったが、どうしても書きたいテーマが無かった。

今日は久しぶりに、起業というかベンチャーに関することを書いてみたい。

今年4月から法政大学のビジネススクールで「プロジェクト(事業計画立案)」の指導を仰せつかることになり、様々な事業計画(ビジネスプランのドラフト)を拝見する機会が増えたことは以前にも書いたが、ここ最近、既に起業されている20代30代の方やこれから起業しようとしている人から相談されることが多くなった。

彼・彼女達の相談にのることにより、自ずと自分自身のことを振り返ることになるが、僕にも彼・彼女たちにも共通して言えるのは、「市場の構造化」が出来ていないということだ(僕の場合、出来ていなかった)。

「市場の構造化」とは、どのような「顧客」が存在し、彼らがどのような「理由」により、どのような「商品・サービス」を買っており、その「市場規模はどのぐらいか?」ということと、その中で「自分(自社)」にとって「市場機会」となるのはどの領域で、自分の「顧客」は誰か?ということを明確にするということである。

特に、自分の「顧客」は誰か?(顧客の定義)ということが、意外と明確になっていない。

確かに、多少の分析スキルや経験を要することではあるが、それほど難しいことではない。

にも関わらず、「顧客の定義」が出来ていないのは、「捨てる顧客とサービス」を明確にできないからなのだろう。

何故なら、少々無理をしてでも頑張って色々とチャレンジする方が人間の性(特に起業するような人)には合っており、出来そうかもしれないことを止める(捨てる)ことは、相当な勇気が必要だから。

ドラッガーが「劣後順位(やってはいけないことの優先順位)」が重要だと言っているが、まさしく、そういうことだ。

話は変わるが、今週の土曜日、ドリームゲートのアドバイザー総会なる会合で、「起業を成功に導くプロ支援者とは?」なるテーマで講演をさせていただくことになっている。

あまりにご大層なテーマで、少々気が引けてしまうところがあるが、自分自身の経験と最近の相談事の内容を踏まえて、少しでも参考になる話ができればと思っている。

ところで、日銀が「ゼロ金利」を容認する追加金融緩和を決めたが、はたして、どの程度の効果があるだろうか?

今の日本社会は、人口減、財政破綻リスク等の先行き不透明感(閉塞感)から、「リスクを売りたい人(資金需要)」も「リスクを買いたい人(投融資先を求める組織)」も少ないのが現実であり、量的緩和がストレートに経済の活性化に結びつくとは、当の日銀も考えてはいないだろう。

今日、資金(財源)を必要としているのは、年金や健康保険、介護等の「社会福祉」領域が殆どであり、その財源の元となる、次の成長分野が存在しない。

いや、存在しないのではなく、既得権益を保持しようとするがあまり、これからの成長分野に、人材と資金を思い切って振り向けることができないのだろう。

「ノーベル化学賞」を2人も受賞するほど、日本には優秀な人材と技術が存在することが、そのことを証明している。

ブログの更新が滞っている間に「ハーバードの『世界を動かす授業』」という本を読んだが、戦後の焼け野原から、日本がいかにして「奇跡的な経済成長」を遂げたか?が「ジャパン・ミラクル」として紹介されている。

そこには、緻密な「国家戦略」があった。

人間は結局、危機感からしか変われないのかもしれないし、裕福になった国(国民)は、一度得たものを失いたくはなく、既得権を守りたくなるのは宿命なのかもしれない。

ネットバブルの頃は、一攫千金を狙って、千載一遇のチャンスとばかりに、放っておいても若者が起業したわけだが(そういう僕もそのひとりだった)、今日のような社会情勢の時ほど「リスクを売りたい人」が必要だし、オールジャパンで、彼・彼女達を応援するべきではないだろうか?

あれから、ほんの10年。まるで違う世界に住んでいるようである。

ソーシャルゲームだけは、元気がいいけれど・・・。

「内定式」と「日本社会」。

今日は「内定式」。

夜の街には、来春から同期入社の仲間として働く学生の皆さんが繰り出していたようだ。

いわゆる「シューカツ」の総括が今日の内定式であり、今までの苦労の慰労会といったところだろうか。

でも、そんな慣習(シューカツ)に違和感を覚える学生もいる。

この夏、シリコンバレーでインターンを経験し、シューカツに違和感を覚えているという、SFCに通うある学生に、来週金曜日に会うことになっている。

彼が、今の日本社会をどのように見ているのか?じっくりと聞いてみたい。

色々な意味で、もっともっと日本社会の「多様性(ダイバーシティ)」が進んで欲しい。