「台風一過」の青空。

今日の東京は「台風一過」の素晴らしい青空が広がっている。

因みに、子供の頃、台風一過を「台風一家」と思っていて、台風の家族の青空???と思っていた。つまらない話しでごめんなさい(笑)。

ところで、その台風一過の晴天の今日は、これから家族三人で温泉に出掛けることになっている。

子供にとっては、初めての「温泉」=両親以外の人々と初めて一緒にお風呂に入ることになる。

はたして、泣かずに入れるだろうか?(笑)

みんな「自分が分からない」。

原因は分からないが、数日前から尾てい骨のあたりが痛くなり、今日の午前中、近所の整形外科に行った。

10時の開院後間もない時間にも係らず、待合室は子供を連れたお母さんで埋め尽くされており驚いた。その整形外科は皮膚科も併設されており、火傷をした子供や顔に湿疹が出ている子供を連れたお母さんがたくさんいた。

男性は僕だけの中、待合室のソファーに「そっと(かなり痛かった)」腰掛けて新聞を読みながら順番を待っていたが、日常生活とはこういうことなのだろうな・・・と思った。

運転手付きのクルマで移動している政治家の「先生達」には、こういう実感は分からないだろうと思う。

自民党の総裁選挙で党内が盛り上がるのはいいが、今日の日本社会において、議院内閣制という「間接民主主義」は、機能不全に陥っていると思う。

ところで、今日は病院を出た後、NPO法人ETICが主催する「地方都市における社会起業家支援」プロジェクトの戦略会議に参加させて頂いた。

守秘義務の関係上、詳細は申し上げられないが、他人の事業を「客観的」に分析し、戦略的論点を整理してアドバイスするのが仕事である。

20代の頃、曲がりなりにもコンサルティングファームにいた僕は、その手の仕事はそこそこ得意だと思うが、今日も実感したのは、他人のビジネスは「客観的」に見ることができても、自分のビジネスは「客観視できない」ということだ。

自分のビジネスというのは、自分がやりたいこと=「主観」であるので、それを「客観的」に分析できないのは、考えてみれば当然のことだが、それ故に、もどかしさも感じた。

しかし、僕が担当させていただいた2社の経営者の方々との議論を通じて、自分自身が置かれている現状を振り返り整理することができ、とても有意義な時間だった。

社内のメンバーともそのことをシェアし、今後の事業展開を考えたい。

成長の「定義」。

今日は、とあることで知り合った「翔栄クリエイト」の宇佐神さんが主催するセミナーに初めて参加させていただいた。

このセミナーは毎回、様々な領域で活躍されている方々がゲストとして講演され、それを受けて宇佐神さんがエピローグとしての話しをされるという内容のようだ。

今日のゲストは、柳瀬公孝氏

僕は存じ上げなかったが、「5男3女」の父という、ぶっ飛んだ方だ。

彼の話を聴きながら、自分自身を振り返って思ったことは、僕は「スキル的な成長」には、もう、あまり興味がないということだ。

柳瀬氏が言うには、「成長」の定義は、「外的能力の成長(スキルの向上)」と「内的成長(人格的、精神的な成長)」とに大別されるとのことだ。僕もそう思う。

数年前までの僕は、彼の言う「外的能力の成長」にモチベーションを抱いていたが、最近は、そのことにはあまり関心がない。

ドリームビジョンで立ち上げたオンラインメディアも、スキルの向上もさることながら、僕らのコンテンツを読んでくれる方々の「内的成長」=僕の言葉でいう「マインドセット」の大切さを伝えたいとの想いからだ。

あまり難しいことは考えず、自分が信じる道を進むのみ。

柳瀬氏のように、他人の目を気にせず、もっと「ぶっ飛んだ生き方」をしたいと思う(それが足りない)。

自分らしさを大切にして・・・。

政界引退。

衆議院議長の「河野洋平」氏が、政界を引退する。ひとつの節目のような気がしている。

河野洋平氏は、僕が政治や経済を多少は理解し始めた頃、1976年に「新自由クラブ」を結成し、代表を務めていた。

当時の僕には、当然のことながら、自民党を飛び出して「新しい政党」を創るという行動がどれだけ大変なことかは知る由もなかったが、次から次へと新しい政党が「粗製濫造」される今日とは異なり、政治と言えば「自民党」V.S.「社会党」「共産党」という時代において、保守本流を自ら飛び出し「新しい政党」を旗揚げすることは、並大抵の覚悟ではなかったと思う。

僕は「河野洋平」という政治家のことは殆ど知らないが、その後、自民党に復党したとは言え、アントレプレナーシップ溢れる政治家ではないかと思う。

一言、お疲れ様でしたと申し上げたい。

ところで、リーマン・ブラザーズのみならず、遂に、AIGまで危うくなり、これからの世界はどうなるのだろうか?

今こそ、政治家がリーダーシップを発揮して欲しい。

「継続は力なり」。

本日は、先週カットオーバーした「オンラインメディア」の更新を行った。とは言っても、僕が行ったわけではなく、弊社のスタッフが対応してくれた。

「継続は力なり」という言葉のとおり、何事も地道な努力が大切である。

ところで、僕のブログを読んで下さっている皆さんは、この3連休はどのように過ごされただろうか?

僕は初日は、久しぶりにゴルフに行った。

メンバーは、ラソナセンシュウの岡村氏、そして、ラソナセンシュウの株主である「千修」の下谷社長と弟さん(常務)。

スコアは「109(57+52)」。またしても、撃沈。今年はスランプである。

日曜日と月曜日は、子育て。土曜日は保育園に行っているが、日祝は保育園もお休みである。

日曜日は「荒川遊園」という遊園地に行った。名前のとおり、荒川のほとりにある遊園地だ。でも、我が子にとっては、近所の公園と大差なかったようだ。帰ってくると、近所の公園でブランコに乗りたいと言ってせがんできた。

月曜日は、午前中は駒沢公園に行き、レンタル自転車に乗った。彼は、駒沢公園の自転車でサイクリングコースを走るのがお気に入りの様子である。

その日は、朝早くに目が覚めたせいか、昼頃には眠くなってしまい、お昼を食べるには機嫌が悪かった。

それなら、昼寝を兼ねて・・・ということで、第三京浜に乗り、横浜まで出掛けた。クルマに乗ると、ものの1分で眠ってしまった(笑)。

Bay Quarter という商業施設があり、そこでランチを食べた後、オープンスペースで行われていたバイオリンとピアノとベースのライブを聴いた。

これも遺伝なのだろうが、我が子は、飽きもせず、演奏の間、ずっと集中して聴き入っていた。僕も子供の頃、ただ音楽を聴いているのが好きだった。近所の友達は、つまらなそうにしていたが・・・。

サッカー選手は無理そうだが、セミプロぐらいのミュージシャンにはなれるかもしれない。まあ、それは別として、情操教育と彼の趣味のために、もう少ししたらピアノを習わせたいと思っている。

ところで、ついに、リーマン・ブラザーズまでもが経営破綻

「強欲」になり過ぎた資本主義は危うい。

日経ヴェリタスに前FRB議長の「アラン・グリーンスパン氏」のインタビューをもとにした記事が載っていたが、バブル経済もその崩壊も、すべては人間の「欲求と心理」に起因しているのだろう。

マネックスの松本さんの「I know my limitation.」というひと言を思い出した。

いつも「謙虚さ」を失わずにいたい。そして、「自分」を忘れずに。

社会起業家:New York のホームレス問題。

Common Ground, Rosanne Haggerty(コモン・グラウンド、ロザンヌ・ハガティ)と言えば何のことか?ご存知の方も多いと思う。

実は今朝と今夕、彼女とお会いする機会があった。

彼女は、僕の大好きなNew York のホームレス問題を、極めてイノベイティブな事業手法で解決している「社会起業家」である。

その「Rosanne Haggerty」氏を囲んだ朝食会(ETIC主催)があり、光栄にもお招き頂いた。たまたま、彼女の正面の席に座ることができ、参加者の皆さんからの質問に答える彼女の表情を間近に見ることができた。

言うまでもないが、とても聡明で尚かつ静かな力強さが伝わってきた。

夜には、ジャパン・ソサエティーNPO法人ETIC新生銀行NPO法人ISLの共催による「Rosanne Haggerty」氏の講演会が、新生銀行の20階で開催された。

ここでは細かな話しは書かないが、New York City(NYC)がホームレスの方々を支えるために負担しているコストが「数百ドル(一日あたり)」に対し、コモン・グラウンドが提供するホームレス向けの住居にかかっているコストは「34ドル/日」。

廃墟同然となったタイムズ・スクエア・ホテルを買い取りリノベーションする資金をNYCから融資(約30億円だったと思う)を受け、彼女たちがホームレス向けの「キレイ」で「安価」な住居に仕立てた結果、当時、NYCで最も危険な場所を言われていたタイムズ・スクエア周辺の治安が劇的に改善し、周辺の不動産価格が上昇したという画期的成果を生み出している。

因みに、コモン・グラウンドの収益の約75%は「事業収入」で、きちんと利益を出している。

簡単に言うと、ホームレスは安定的住居を得ることにより、就労意欲を回復し、収入を得ることができ、その収入の「30%」を家賃として支払う、という仕組みである。

現在は、タイムズ・スクエア以外でも、同様なソリューションを提供している。

ところで、今回の「Rosanne Haggerty」氏の話しを聴いて、大きなことを成し遂げるには「計画性」が重要だということを改めて認識させられた。

僕の人生には、その「計画性」が欠落している。

それを僕の好きな「Given Means」と言えば聞こえはいいが、それだけでは大志は成就しない。

35才になった時、目の前に「砂時計」を置かれた気分になったと同じように、45才の僕に必要なことは、この先の人生で何を成し遂げたいのか?を真剣に考えて、そのための「計画」を練り、実行に移すことだと感じた。

まずは、立ち上げたばかりの「メディア」を軌道に載せることに注力するつもりだが、同時に、10年先の自分を想像して、それに向かっての計画を練りたいと思う。

元気でカッコいい55才を迎えられるように。