どの選手にも「チャンス」は与えている。

「(どの選手にも)チャンスは与えている。それを活かすも殺すも選手次第」。

落合監督の言葉だそうだ。

さらに言えば、

★そのチャンスに気づけるか?気づけないか?

★出来るための方法を考えるか?出来ない理由を挙げるのか?

★自分で自分を励ますか?
文句や愚痴を言って、自分も周囲もディモチベートするか?

やる前から諦めるのは、僕は好きではない。

人間が変わる方法は3つしかない。

ここ数日は、私生活のことを書いたので、今日はビジネス的なことを書こうと思う。

その必要があるかどうかは別として、大前研一氏に言わせると「人間が変わる方法は3つしかない」という。

1. 時間の使い方を変える。
2. 住む場所を変える。
3. 付き合う人間を変える。

この3つの要素でしか人間は変わらないそうだ。
 
また、「もっとも無意味なのは『決意を新たにする』ことであり、行動を具体的に変えない限り、決意だけでは何も変わらない」とも続けている。

ごもっともである。

さて、上記の3つを自分に当てはめてみると、

1. 時間の使い方を変える。
→ 子供が生まれたことで、時間の使い方は劇的に変わった。

2. 住む場所を変える。
→ 3年前に今の家に越して来て、生活スタイルは大きく変わった。

3. 付き合う人間を変える。
→ 自分で創業したインタースコープを2年半前に辞して、別の仕事を始めたことにより、付き合う人は大きく変わった。

問題は、その定義にもよるが、いわゆる「結果」を出せているかどうか?

その萌芽というか、予感めいたものは感じているが、まだまだ、自分が思い描く「結果(理想)」とは程遠い。

でも、インタースコープの頃と較べて大きく進歩したと思うことは、社会的価値基準ではなく、自分の良さに目を向け、それが「ニッチ」でも「小さくても」いいから、自分の良さを活かして仕事をしていこうと思えるようになったこと。

見栄や憧れでは、本質的な「幸せ」は得られない、と思うようになったこと。

焦らず、無理せず、しかし、決してサボらず、コツコツと・・・。

「幸せ」の定義。

「『幸せな子』を育てるのではなく、どんな境遇におかれても『幸せになれる子』を育てたい」。

皇后陛下 美智子様の言葉だそうである。

僕たちも、そう子供を育てたい。

1億円あったら「幸せ」とか、美人に生まれたら「幸せ」とか、定量的な基準も決まった条件もなく、あるのは「主観」だけである。

と僕は思う。

ここ15~16年、その間にはかなり貧乏な時期もあったが、僕は不幸だと思ったことは一度も無い。

生きているということは、ただそれだけで幸せなことである。何故なら、自分の意思次第で、色々な可能性があるから。

少なくとも、この日本社会で普通に暮らせているのであれば・・・。

追伸:そういえば、今週のどこかで「村上さん」の判決が出るらしい。

家族の触れ合い。

夏休み最終日の日曜日は、都内のお寺で、妻の両親の七回忌の法要を行った。

僕たちの子供も連れて行ったが、お坊さんのお経に併せて、お経のような歌のような言葉になっていない彼流のお経を読んでいた。おまけに、僕たちがご焼香をする姿を真似て、自分ひとりでご焼香をしていた。子供は、習得がとても早い。

法事の後は、妻の兄と彼の元の奥さんと僕たち3人で昼食を共にした。久しぶりの再会に最初は照れていた僕たちの子供も次第に慣れてきて、大はしゃぎで喜んでいた。

妻の両親の兄弟は既に亡くなっている人も多く、また、健在の人も自分で移動するのは大変ということもあり、今回の法要は「5人」で行ったが、昼食の席で、このメンバー(家族)での会食は楽しいということを思い出し、家族がいることは幸せだということを改めて実感した。

大家族で育った時の思い出とも、帰省中に親族みんなで過ごした時とも違う、妻方の家族との触れ合いを大切にしたいと思った。

僕たちの子供のためにも。

そういう意味では、妻の両親が生きていてくれたら、僕らの子供の誕生をどんなにか喜んでくれただろうに・・・と思う。

涼しい夏休み

14(木)から実家(福島県郡山市)に帰省してきている。東京と較べると、涼しくて過ごしやすい。

兄弟で集まり、昨夜は叔母の家に行き、庭でバーベキューをした。子供達は、花火に興じていた。

特に、特別なエンターテイメントがあるわけではないが、昔ながらの楽しい時間を過ごしている。

畳の部屋にテーブルがあり、そこで皆で食事をする。

エアコンの代わりに、扇風機がまわっている。

大家族だった頃の良さが感じられる時間である。

経済合理性だけでは得られないものが、そこにはある。

すべては一歩一歩、着実に。

昨日は、いつものメンバーでのゴルフがあった。

いつものメンバーとは、元アップル前刀さんIFTO理論の蛭田さん、森ビルの川端さんと僕。

僕たちは、4人の誕生月にゴルフに行くことにしているが、個人情報なので詳細は書かないが、今月は前刀さんの「記念すべき誕生月」で、それを記念してのゴルフだった。

前刀さんは、彼らしくない?(笑)手堅いゴルフで、45+47=92。僕は、55+47=102。またしても、100が切れなかった。

当然、ミスショットがたくさんあるが、技術ではなく、自分の「考え方」ひとつで防げるミスを挙げると、無理をして「無謀なチャレンジ」をしないこと。

結局は、これに尽きる。

あるロングホールでティーショットを左に曲げ、2ndでフェアウエイに戻し、230ヤードの3rdショットが残った。

グリーン手前と左右にバンカーがあり、僕の実力では成功確率、10%からせいぜい30%。

まっすぐは飛んだものの、ダフってしまい、見事に手前のバンカーへ。

そのバンカーはガードバンカーとは違い、ピンまで30~40ヤードぐらいの距離があり、距離感の難しいバンカーショットが残った。ここで無惨にも「4打」を要した。

過程法過去ではあるが、もし、5番か6番アイアンで刻んでいれば、ひょっとしたら、ボギーぐらいであがれていたかもしれない。そうすれば、久しぶりに100を切れていたことになる。

何事も「一足飛び」はあり得ず、一歩一歩、着実に前に進むこと。

はやる心を抑えて「冷静な判断」と「行動」ができることが大切である。

「道路」にお金をかけて、「教育」にお金をかけない国。

今回の米国出張中、同じ話しを2度聞くことがあった。

それは、日本は「教育に対する投資」が少ないということ。

その話しをしたのは、吉川さんと僕の叔父(日系人)のふたり。

吉川さんの話しは、正確には「伊藤穣一氏(通称 JOI)」が「日本は道路にお金をかけて、肝心の教育にお金をかけない」という話しをしていたということを聞いたということ。

日本の教育投資は、GDP(国内総生産)に対する比率でみると「3.5%」で、「経済協力開発機構(OECD)」各国の平均(5.0%)を下回っている。

また、叔父が言うには、学校教育だけでなく、社会人教育も含めると、米国はGDP比率で「15%」もの金額を「教育」に投資しているという。

もうひとつ、それに関連する話しとして、米国や中国は、旧ソ連が崩壊した直後、仕事にあぶれた「ロシア人の科学者」を、それぞれ「500人」招き入れたそうである。つまり、移民の費用を負担して「頭脳」を輸入したということだ。

それに対して日本は、なんと「1人」だという。

そこにあるのは「恐怖」だろう。

ロシア語は分からない。ロシア人を受け入れて、自分たちの仕事が奪われてしまうのではないか?

本当にそうだろうか?

米国は(おそらく中国も)、旧ソ連が崩壊する「正確な日」まで事前に把握しており、崩壊の翌日に、既に500人にオファーを出したそうである。

ということは、事前にオファーを出す「リスト」を確定していたということだ。

日本には、そういう強かさが足りない。

ところで、日本の道路予算は、1964年以降、GDP比2.0~2.5%で推移してきている。GDPが20兆円台のころも500兆円のころも同じ比率である。

対GDP比率で言えば、教育費が道路建設費を上回っているとは言え、経済の発展に比例して、リニアに道路建設の必要性が増すのだろうか?

経済が「高付加価値化(第三次産業比率が高まる=経済が成熟する)」すれば、その過程で社会インフラ(道路等のハード)は既に整備されており、道路建設費の対GDP比率は自ずと下がるはずである。

随分前のエントリーで、クルマが走らないところに、何十億円もかけて「不必要な高速道路」を建設しているという批判を書いたが、それが「40年間」も続いているということだ。

つい最近、道路特定財源の一般財源化で国会が揉めたが、本当に、そろそろ真剣に「国民の税金」の使い道を考えて欲しい。

しかし、そういう政治家を選出しているのは、他ならぬ「国民」であり、日本をモダナイズしていくためには、国民の「政治経済・行政に関するリテラシー(知識・理解)」を高めるしかない。

すなわち「教育」が大切である。

社会的価値を生み出す源泉は、元を辿れば「人間」である。

その人間に「投資」しない国に、明るい未来はないと思う。

ところで、今日はつい先程まで、NPO法人ETICの山内さんと、弊社の泉谷と僕の3人で、日本の教育問題や行政の在り方について、熱い議論をしていた。

僕は、僕が生まれ育った日本という国が大好きだし、これからも日本が世界的に影響力のある国でいて欲しいと思っている。

そのために、僕にできることは何か?

大きなテーマである。