「中田英寿」責任編集。それは、「美しい」と思える選択か?

先週の土曜日はゴルフの予定だったが、生憎の天候でキャンセルした。ちなみに、雨によるゴルフのキャンセルは、これで2回連続である。間違いなく、何かのメッセージだろう。

以前の僕だったら、一緒に行くメンバーが躊躇しても、僕は「晴れ男」だからと言って強行していたと思うが、年齢のせいかどうかは別として、風邪をひいてしまうリスクを負ってまで、雨の中でゴルフをする理由はないと思うようになった。

ところで、ゴルフをキャンセルした土曜日は、子供を保育園に送った後は、昼寝をしたり、テレビでゴルフ中継を観戦をしたりと、久しぶりに、休日らしい休日を過ごした。

日曜日は、子供を「こどもの城」に連れて行った。僕達夫婦は疲れていたが、子供は元気でエネルギーを持て余しており、さすがに、ずっと家にいるわけにはいかなかった。

そんなことで、僕は久しぶりに「静かな土曜日」を過ごしたが、夕方、保育園に子供を迎えに行く前に、ある雑誌を買いに本屋に出掛けた。

ある雑誌とは「クーリエ・ジャポン」という、世界中の記事を抜粋し編集した雑誌である。

今月号は、その創刊2周年記念として、元サッカー日本代表の中田英寿の「責任編集」という形で特集が組まれていた。

ところで、僕の従姉妹(正確には、妻の従姉妹)は、中田のマネジメント会社の役員兼彼のマネジャーをしており、中田には、一度だけ会ったことがある。彼女のお兄さん(僕にとっては義理の従兄弟)の結婚式に、お忍びでお祝いに来てくれた時だった。

当時、まだ、健在だった妻の母は、とてもはしゃいでいて、中田と腕を組んで写真に納まっていた。妻の母とは8年という短い付き合いだったが、その時の彼女の嬉しそうな表情は、今でも鮮明に覚えている。とても無邪気な少女のようだった。

さて、その「ナカタ」であるが、つい先日、僕の知り合いの会社に表れた。世の中、狭いとはこういうことを言うのだろう。ひょっとしたら、何らかの接点が持てるかもしれない。

ところで、先日、僕が20代の頃に働いていたコンサルティング会社時代の上司にと会った。1年ぶりぐらいだっただろうか・・・。その上司からもらったメールに、こんなことが書いてあった。

「イギリスのある数学者の言葉に、『自分が考えたアイディアを美しいと感じるか?正しいアイディアは美しいと感じるものの中にある』というようなものがあります。何かに迷ったら『それは自分の生き様に照らして美しいか?』と考えてみて下さい。たぶん、より後悔の少ない選択が採れるはずです」。

藤原正彦さんも、ご自身の著書である「国家の品格」で、その話しをしていた。とても考えさせられた。

話しを「ナカタ」のことに戻すと、彼は、20代にしてサッカー界を引退する際、「プラス面もマイナス面も考えた上で決断した」らしいが、彼の「生き方」に照らして「美しい決断」だったのだろう。

レベルは違っても、僕もそういう生き方をしたいと思う。