第03回 本間毅氏 vol.2 (3)
2016-05-14チョモランマの登り方
さて、この話には「後日談」がある。
2001年の終わりか2002年の初頭、「話がある」とのことで、堀江さんと本間さんで食事をした。
その席で堀江さんに言われたのは、「なんであの時、上場しなかったんですか?」ということ。そして、「俺についてくれば『チョモランマ(高い山)』でも登れる」という話。
要するに「買収させろ」という話だったそうだ。そんなことが、2回くらい(断った)あったらしい。
「堀江さんの話は断りました」。
イエルネット解散
さて、堀江さんとのそんなやりとりはさておき、ネットバブルが崩壊し、上場計画が頓挫した後も、本間さんたちは一生懸命に仕事をし、何とかイエルネットを盛り返そうと頑張った。
しかし、2002年という年は、インターネット関連市場が「冷えに冷え切っていた」時期であり、営業活動をしてもしても、とにかく、仕事がなかったという。
余談だが、僕はその当時、インタースコープの経営者として、2回目のファイナンス(第三者割当増資)活動をしていたが、投資家の反応が非常に厳しかった。結果的には、運よく資金調達ができたが、ファイナンス活動に「半年」を費やした。そんな経験もあり、本間さんたちの苦労は、痛いほどよく理解できる。
そんな中、イエルネット社内では、「このまま経営を続けるべきか?」という議論があったという。
当時のイエルネットには、まだ、それなりの「キャッシュ」が残っており、経営陣で議論をした結論は、これ以上、リスクを取るのは止めるべき、というものだった。
「お金があるうちに、社員の次の行き先を決める。よしんば、事業を引き受けてくれるところを見つけて、そこにいくらでもいいから事業を売って、解散価値をベースに株主に還元する。それが、今取り得る、最もリスクが低いやり方だということで、その通りにしたんです」。
2002年11月のことである。