エストニア:北緯59度のスタートアップ・ムーブメント。

ここ数年、E-Residency という取り組みや政府機能を「デジタル化」する等、I.T.活用の先進性が着目され、日本でも急速に注目度が高まってきたエストニア。EUそしてNATOの加盟国である。

「バルト三国」という存在を中学時代に習ったことはあるものの、日常生活で接点があるわけではなく、特に興味もなく何十年も過ごしていたが、どんな国なのか? をこの目で見たいと思い、ベルリン、コペンハーゲン出張の機会を活かし、初めて訪問した。

筆者の滞在期間中、2月24日は、エストニア独立「100周年」記念日で、尚且つ、泊まったホテルは、記念式典や軍事パレード等が行われる広場の眼の前に位置し、軍関係者や楽器の演奏者が宿泊するなど、ホテルの前は大勢の人垣ができていた。

前回のGlobal Startup Reviewで、今回(Vol. 6th)は、当社の投資先であるINFARMを含めたベルリンのスタートアップ環境に関する続編を紹介すると予告していたが、記念すべき日にエストニアに滞在していたことを踏まえて、エストニアのスタートアップ環境についてレポートすることにしたい。

まず、エストニアという国の基本データを紹介する。人口は「約134万人」。面積は「45,226km2」で、九州の1.23倍。GDPは187億ユーロ(1€=135円換算で約2兆5,000億円。参考:九州のGDPは47.8兆円)。

フィンランド湾を挟み、北85キロの対岸にはヘルシンキが位置する。エストニアの首都タリンとは往来が活発だそうだ。また、湾の東奥350キロには、ロシア第2の都市サンクトペテルブルクがある。

Skypeを産んだ国でもあり、外国のI.T.企業の進出も多く、ソフトウエア産業が盛んである。

エストニアは、ソ連やナチス・ドイツ時代に占領された経験があり、国防に関する意識が高い。今もロシアとは国境を接している。

物理的にエストニアに住んでいなくても、会社を登記するなど、様々な行政サービスが受けられるE-Residency(15,000人以上が登録!)という試みや政府機能の電子化は、そのような歴史的経緯や地理的要因によるものらしい。具体的には、万が一、またロシアに併合されるようなことがあり、物理的な国家としての存在を失ったとしても、エストニアという国をバーチャルに存続させるためだという。日本人には想像もつかない危機意識である。

また、若い人は「起業」に対する意欲が高い。130万人のマーケットで生きるのでは自ずと限界があり、いかにしてグローバル・マーケットで生きていくか? を真剣に考えており、行動に移している。絶対数は少ないが、人口に占める起業家比率は極めて高い。実際、若い世代は殆どの人が「流暢な英語」を話す。やはり、人間は「危機感」を持たない限り、真剣にならないということなのだろう。

※詳しくは、ウィキペディアを参照されたし。

ここからは、エストニアのスタートアップ・シーンについて、具体的に説明したい。

今回のエストニア訪問で面談したのは、以下の5社。

  1. ESTBAN(Estonian Business Angeles Network):エンジェル投資家の団体
  2. Shipitwise:個人配送のスタートアップ(ヨーロッパの地理的特性によるニーズに着眼)
  3. Startup Estonia:エストニア政府が運営する自国のスタートアップ推進機関
  4. funderbeam:FinTechスタートアップ(孫泰蔵氏率いるMistletoeも出資している)
  5. Frank.ai:アドテクAIのスタートアップ
  6. LIFT99:Co-Working Space(「pipedrive」というCRMスタートアップ共同創業者が運営)

いずれも、Telliskivi Creative City という「ソビエト時代」に建てられた古いビルが立ち並ぶエリアにあり、ESTBANを除き、他のアポイントはすべて「徒歩圏」にあった。マイナス10度以下のエストニアでは、とてもありがたい。

以下、ひとつずつ、概要を紹介する。

1. ESTBAN(Estonian Business Angeles Network):エンジェル投資家の団体

名称のとおり、エンジェル投資家を対象とした団体で、ディールフローの提供、新しくエンジェル投資を始めたい人を対象としたトレーニング、ピッチイベント等を提供および運営。他のヨーロッパ諸国のエンジェル投資家を対象とした団体との連携を進めている。

設立は2013年。今までの総投資件数は713件、総投資金額:€36,222,190(1€=135円換算で約49億円)、EXIT:52件。投資対象スタートアップは(データは2017年のもの。以下同様)、エストニア:59%、その他欧州:26%、欧州以外:15%。投資セクターは、ICT:39%、FinTech&B2B:12%、Creative Industries:11%と続く。投資件数は、合計225件(新規:108件)。

※上記は、ESTBANの統計データの一部。詳細は、同団体のウェブサイトを参照されたし。

※SPRING HUBは、ESTBANが入居しているCo-Working Space。写真の女性は、ESTBAN Managing Director, Ms. Anu Oks

※写真は、SRING HUBのオープンスペース。クローズドなオフィススペースもある。

2. Shipitwise:個人配送のスタートアップ(ヨーロッパの地理的特性によるニーズに着眼)

ヨーロッパは「隣国と地続き」であり、タリン(エストニア)からパリやロンドンまでも2-3時間程度のフライトで移動可能なため、国を跨いだ移動が日常的に行われている。外国で購入した商品の自宅への配送や重たいスーツケース、スキーセット等を出発前に訪問先へ送る等の需要がある。また、宅配事業者はDHLを除き、零細な事業者が多く、オンライン化されていない。そこに対して、Shipitwiseは、オンラインでの「配送受付や決済機能」等のサービスを3rd Party(Whirte Label)として提供している(プロダクトは発展途上)。現在は、プロダクトの改良中で、ウェブサイトは一般には公開してない。

日本の場合、クロネコヤマト、佐川急便等の「個人向け宅配サービス」が充実していることと(そもそも市場が大きいため、各種投資を行える)、基本的に「国内配送」のため、我々日本人にとっては当たり前のサービスも、ヨーロッパでは市場環境が大きく異なる。

※Shipitwise の顧客(ユーザー)用画面

3. Startup Estonia:エストニア政府が運営する自国のスタートアップ促進活動

例えて言うなら、エストニア版Crunchbaseのようなデータベース。それに加えて、スタッフがスタートアップの各種相談にのっている。面談したMaarikaは、筆者とのアポイントの直前まで、EdTechスタートアップのファウンダーとMTGしていた。彼女の前職は、pipedrive というエストニアの主要なスタートアップの一社で、スタートアップのことをよく理解しているようだ。

EU以外の人々に対してはアントレプレナービザの取得等をサポートし、エストニア国内のスタートアップに対しては、外国人の雇用に際するビザ発給のサポート等を行うことで、優秀な人材を誘致すると共に、エストニア・スタートアップの事業拡大を後押ししている。尚、エストニアはEU加盟国であり、旧ソ連圏から初めて「€(ユーロ)圏」となった国でもある。

※Startup Estonia ウェブサイト:

4. funderbeam:FinTechスタートアップ(孫泰蔵氏率いるMistletoeが出資している)

エストニア発のFinTechスタートアップとして注目の存在。本社はロンドン。ファウンダーでCEOのKaidiは、ヨーロッパで注目の女性起業家である。筆者の訪問時は、エストニアの前首相とのMTGが長引き、挨拶に来られただけで、残念ながら、あまりゆっくり話をすることはできなかったが、とてもチャーミングな女性だった。

事業内容は、未公開スタートアップの資金調達プラットフォーム。ブロックチェーン・ベースの証券取引所と言っていいだろう。エンジェルのシンジケート組成を法律面、税制面で簡素化。前述のShipitwiseもfunderbeamで資金調達を行っている。

仕組みはこうだ。あるスタートアップに投資するためのSPV(Special Purpose Vehicle)を設立し、エンジェル投資家はそこに資金を入れるが、株式に所有するのではなく、債権を持つ。つまり、SPVが投資先スタートアップの株式を所有し、利益が出る形でEXITした場合、その利益をもとにエンジェル投資家に償還する。そのスキームにより、参加するエンジェル投資家は、税制面のメリットおよび投資に際する各種コスト(弁護士費用等)負担を最小化することができるそうだ。

また、英語が公用語で政府がイノベイティブな取り組みに積極的なこと等により、シンガポールでのイベントにスポンサーする等、アジアでの認知度向上および事業展開にも積極的である。同社には、孫泰蔵氏(シンガポール居住)率いるMistletoeが出資している。THE BRIDGEの記事に詳しい。

※funderbeam のオフィスが入っているビル。1Fはカフェ。

※オフィスフロア。シリコンバレーライクなカジュアルで居心地の良い環境。

※雪深いエストニアで、はたして自転車で通勤する人がいるのか?は不明。このようなコート掛けは、訪問したすべてのオフィスにあった。たしかに必需品である。

※向かって左側は、Co-founder, Urmas Peiker。片言の日本語を話す。右側はCMOのMads Emil Dalsgaard。彼はデンマーク人で、以前は自分のスタートアップを経営していたが上手く行かなかったそうだ。筆者の著書「挫折のすすめ」の話をしたら、とても興味を持ってくれた。二人とも、とてもフレンドリーでナイスガイである!

5. Frank.ai:アドテクAIのスタートアップ

SME(中小零細企業)を対象にしたオンライン広告のROI最適化サービスをAIで提供するスタートアップ。ファウンダーは3人。その内2人は、大手広告代理店のマッキャンエリクソン出身。創業後2年経つが、最初の一年は「Moonlighting(副業)」状態だったため、プロダクトの開発が進まず、3人とも腹を括り、一年前に、それぞれの会社を退職。自分たちのスタートアップに専念して約1年。既に顧客は獲得しているが、まだシードステージのスタートアップ。

6. LIFT99:Co-Working Space(pipedriveというCRMスタートアップ共同創業者が運営)

創業者のRagnar Sass は、とてもビジョナリーなシリアル・アントレプレナー。エストニアで注目のスタートアップの一社、「pipedrive(CRMスタートアップ)」のCo-founder。シリコンバレー在住経験もあり、そこで学んだことをエストニアに持ち帰り、東欧諸国のスタートアップの成長を支援し、コミュニティを創ることをミッションにしている。筆者のビジョンとも重なるところが多く、将来的に協業できたら嬉しい。

LIFT99の創業者が「エストニア(のスタートアップ)ではグローバル化を心配する必要はない。(国内市場は極めて小さいので)そうしなければ、死ぬしかないからさ・・・w」と言っていたことが印象的だった。

また、LIFT99はいくつかの部屋(スペース)に別れているが、それぞれの部屋には「著名人」の名前が付いており、彼らが「エストニアについて「ポジティブな発言」をしたこと」が、壁に書かれている。

※言わずと知れたマーク・アンドリーセン。「エストニアのファウンダーはエキサイティングだ!」と言っている。

※エストニアといえば、この人を忘れてはいけない。SkypeファウンダーのNiklas Zennstrom。

※オバマ前大統領も登場!「(米国の)ヘルスケアのウェブサイトを作る時、エストニアの人たちに声を欠けるべきだった・・」。

※ヨーロッパの起業家やイノベーションを語る上で、イギリスの英雄、Sir Richard Branson を忘れてはいけない!

※こんな部屋もある!このブランコは実際に揺れるw。LIFT99創業者のRagnar Sass、Frank.ai の Jan Plaan とは、この部屋でMTGをした。

順番が逆になったが、下はLIFT99の入り口。

中に入ると、こんな絵も飾られている。

※手前が、LIFT99創業者のRagnar Sass。急な訪問に関わらず、歓待してくれた。

オープンスペースにあるハイチェアー。

イベントスペース。

以上が今回のエストニア訪問で会った人たちである。

前述のとおり、エストニアは、九州の1.23倍の面積で、人口は約130万人(九州は1,290万人)しかおらず、しかし、人口に占める起業家比率は非常に高いため、タリン(エストニアの首都)の起業家コミュニティは、とてもよく繋がっている。きびきびと動く、Light weith sports car といった感じだ。日本で言えば、福岡のスタートアップコミュニティのような感じだろうか? 小さい街だが、とてもカンファタブルな感じがした。

初めてのエストニア訪問は上記6件のアポイントだけだったが、エストニアのスタートアップシーンがとてもよく理解できた。

Global Startup Review を読んで下さっている皆さんに、少しでもエストニアのスタートアップシーンの魅力が伝わったようであれば幸いである。

ここ数年、様々なスタートアップ・コミュニティを訪問しながら考えることは、シリコンバレーを礼賛するだけでなく、シリコンバレーからもロンドンからもベルリン等からも、そしてエストニアからも様々なことを学び、一方、日本の歴史と伝統を活かした「日本独自のスタートアップエコシステム」をより成長・進化させていきたい、ということだ。

そして、海外からも優秀なタレントが集まるグローバルなエコシステムを日本に構築していくことにおいて、甚だ微力ながら、何らかの役割を担えたら・・・と思っている。

最後に、もうひとつ、エストニアには紹介したいことがある。「Latitude59」というスタートアップ向けのカンファレンスだ。

2017年のLatitude59では、孫泰蔵さんが講演している。その内容が最高にイケている!

シンガポールに負けないように頑張りたい!詳細は、泰蔵さんのスピーチを聴いてみていただきたい!

平石郁生 シリアルアントレプレナー&スタートアップアクセラレーター(株式会社ドリームビジョン 代表取締役社長)