Another Monday morning in the social distance, not Paradise.

2020年4月27日。偏頭痛の定期検診のため神谷町のクリニックに向かう。最寄駅のホームは閑散としている。当然だが、電車の中も空いている。混雑した月曜日の朝の風景は、もう過去の出来事になるのだろうか?

28歳の時、徒手空拳で起業してから29年。一時期は、100名を超える会社の経営をしていたこともあるが、ここ数年は数人の組織で、海外出張が多く、時差も手伝い、リモートワーク且つノマドな生活を送ってきた人間には、テレワークは新しくも何でもない。そして、ご多分に漏れず、新型コロナウイルス関連の記事や報道をチェックし、この先の社会の在り方を思案する毎日だ。

新型コロナウイルスの発生原因は諸説あり、素人の僕が講釈を垂れるにはあまりに複雑で未知の災難だが、前回のエントリーでも書いたが、地球環境の変化、ストレートに言えば、人類による地球環境破壊が無縁ではないと思う。

前回のエントリーで紹介したとおり、地球上に住む「人間」と「家畜」と「野生動物(陸上に棲む脊椎動物)」の「重さ」は、人間30%、家畜65%、野生動物5%である。この「不都合な真実」は、我々地球の主?にとって、どのような意味を持つのだろうか? その意味を僕は、法政大学経営大学院でお世話になっている小川教授から教わった。

この先の内容に関しては、小川教授のレポート(ブログにも掲載されている)とご本人から伺った話を僕なりに咀嚼したものだ。詳しくは、小川教授のブログを参照されたいが、学術的な内容で少々難解なところがあるため、より多くの方々に簡単に読んでいただければと思い、このエントリーを書くことにした。

小川教授との出会いは、インタースコープ時代に遡る。インタースコープでは、超優秀な学生インターンを採用していたため、法政大学で単位認定のインターン制度を導入する際、竹内淑子教授から相談があったのだが、その竹内教授から「きっと馬が合うと思います」と言って紹介されたのが小川教授だった。失意のドン底だった2009年の夏、法政大学経営大学院の小川教授から掛かってきた一本の電話で拾っていただき、今も経営大学院で、イノベーションと起業家精神について教えている。

ところで、皆さんは日頃、牛肉や豚肉、そして鶏肉をどのような頻度でどの程度、食べているだろうか?(僕は鶏肉は嫌いなので食べないw。)

環境科学者として世界的に有名なオランダ自由大学のハリー・エイキング博士によると、タンパク質の生産効率という観点で、豚肉エンドウ豆(pea)を比較すると、必要とされる土地面積には約10倍(エンドウ豆:1.3ha v.s. 豚肉:12.4ha)、必要な水量約60倍(エンドウ豆:177㎥ v.s. 豚肉:11,345㎥)の格差があるという。

尚且つ、エンドウ豆(pea)豚肉では、農業生産が生み出す環境負荷(排出物の指標)が大きく異る。

例えば、環境負荷の格差が大きいのは、1. 海洋と土壌の酸性化(Accification)は61倍2. 地球温暖化(Global warming:Co2の排出量)は6.4倍3.富栄養化(Eutrophication)は6.0倍である。「農薬や肥料」「水や土地利用」でも、格差は1.6倍から3.4倍に広がっている。

では、その原因は何なのだろうか?

「豚肉(タンパク質)」の生産のためには、穀物(大豆とでんぷん)を「飼料」として投入する必要がある。つまり、豚肉の生産では、投入される飼料やエネルギーの「タンパク質(豚肉)への変換効率」が良くない、ということだ。前述のエイキング博士によると、「牛肉」は豚肉と比較して、さらにタンパク質への変換効率が悪いことが知られている。

さらなるメリットとして、植物由来のタンパク質への転換を図ることで、オランダや欧州において農業に利用されている土地や資源(水や肥料など)を、現在の「5倍から6倍」程度、解放できるそうだ!つまり、その分を、放牧に利用したり自然に戻したりできるという。これは、環境負荷の低減という意味で極めて説得力がある。但し、エンドウ豆の栽培の途中では、タンパク質の副産物として、でんぷんが大量に産出されること、大豆の場合は、サラダ油が副産物として生み出されることを考慮する必要がある。

では、それにも関わらず、人類は何故、未だに大量の「家畜」を飼い、大量の「肉」を消費しているのだろうか?

米国発の「インポッシブル・バーガー」や「ビヨンド・ミート」が支持を得つつあることは周知のとおりだが、それでも、ヴィーガン食(完全菜食主義者)やオーガニック食品は、まだまだ極一部の人たちにしか浸透していない。

何事も「変化は痛みを伴う」が、人間は「食」に関してかなり保守的ということだ。生まれ育った食習慣を変えることは、そう簡単ではない。

マーケティング的には、新しい食品として売り出すよりも、「インポッシブル・バーガー」や「ビヨンド・ミート」の名前のとおり、従来の「肉」に関連付けて売り出した方が人々の心に響くし、「味」に関しても、いかにして「本物の牛肉」に近づけるか? が成功要因になる。

僕は今から2年前、シリコンバレーのレストランで初めてインポッシブル・バーガーを食べたが、牛肉とほぼ同じ食感で、牛肉よりもシツコクなく、個人的には「こっちの方がいいな(健康にも良いし)」と思った。

ここでは詳細なデータを紹介することは省略するが、温室効果ガス(CO2)の排出量に関しては、クルマの排気ガスがもたらすものよりも、畜産によりもたらされる量の方が圧倒的に多い。

特にアメリカでは、畜産業界は大きな「票田」になっていることもあり、政治的問題と密接に関係しており、一筋縄ではいかない問題であるのは間違いないが、「人類の未来」は「植物の時代」にしかないと断言できるだろう。

因みに、カバー写真は、妻が作った「ローストポーク(ローズマリー風味)」である。手前味噌だが、かなり美味しい。

肉食を完全に止めることは難しいかもしれないが、前述のとおり、自然に放牧されて作られた牛肉や豚肉なら、環境破壊を最小限に留めることができるし、それほど頻繁に牛肉や豚肉や鶏肉を食べる必要もない

僕の拙い知識に基づく考察ではあるが、皆さんは、どう思われただろうか?

May 2nd(Sun), 2020. Just another day on our rooftop in the Social Distance Days.

Another Day in Social Distance, not Paradise.

今年の春は風の強い日が多い。Golden Week 改め、Stay Home Week になった連休は、屋上で過ごす日が多くなりそうだ。難点は風である。

今の家に越してきたのは、2016年6月25日。今年の6月で早4年になる。当然のことだが、その時は、新型コロナウイルスなるパンデミックが起こることなど考えられるはずもなく、恵比寿時代に住んでいたマンションと較べると狭いリビングに不平不満を感じていたが、部屋数が増え、中3の長男は自分の部屋でオンライン授業、小3の次男はリビングで勉強、僕と妻は時々、次男の部屋でZoom や Google Hangouts をすることが出来ている。今も尚、恵比寿のマンションに住んでいたら、どういう生活をしていたのだろうか?

今日のランチは我が家全員がお気に入りのレストランのテイクアウト。強い風に閉口しつつも、屋上での食事は開放感があって心地よい。夏になると昼間は暑過ぎるので、夕食を屋上で食べることが多い。

辛うじて屋上までWi-Fiが届いており、お気に入りの音楽を掛けながら食事をする。子どもたちの影響で、僕も米津玄師や髭男、King Gnu 等を聴くようになったが、僕と妻では好きな音楽が違う。高校、大学、社会人、そして、30歳になる頃までに聴いていた洋楽が好きなのだが、彼女の不興を買う。

その理由は自分でも分からないが、あまりにキレイな青空を写真に撮っていた時、Phil Collins の「Another Day in Paradise」なる曲を思い出した。Another Day = Another Blue Skye, but, Stay Home Week…家族で旅行に出掛けるわけにもいかず、3月に予定していたシンガポール旅行はキャンセル、そして、Another Lunch on our Rooftop…。天気の良い日にStay Home, Social Distance は辛い。とはいえ、飲食店や宿泊施設、観光業、音楽やイベント等の仕事をされている方々のことを思えば、文句を言える立場ではない。

このウイルスに関しては様々な情報が溢れており、その信ぴょう性には注意する必要がある。しかし、慶応大学病院が発表した「6%」の件は、大きな意味を持つ。手術前や入院前という条件を踏まえると、統計的な代表性はないが、実態を物語っているように思う。医療従事者でもなく、ましてや感染症の専門知識があるわけでもない僕が何かを言うことは控えるが、分母と分子の関係は無視できないだろう。最優先は、これ以上の医療崩壊を防ぎ、救える命を救えるようにすることだが、同時に、前述のような仕事をされている方々をはじめとした経済的破綻をどうすれば避けることができるのか? 二律背反する2つの命題にどう立ち向かうのか? 我々は大きな試練に立たされている。そして、これは政府だけの仕事ではなく、我々一人一人が自分の頭で考え行動する必要がある。

ところで、「不都合な真実」をひとつ紹介したい。今この瞬間、地球上に住む「人間」と「家畜」と「野生動物(陸上に棲む脊椎動物)」の「重さ」は、それぞれ何%ずつだと思われるだろうか?

答えは、人間30%、家畜65%、野生動物5%。つまり、我々人間の「エゴ」のための重さが「95%」ということだ。この先の20年間、我々人類が何もしないと、野生動物は最悪「1%」になるそうだ。生物の多様性が失われ、今回のようなウイルスに対抗できる微生物などの手段を失う可能性がある。これが最大の問題だと、20年ほど前から、欧州の環境科学者たちは主張しているそうだ。法政大学MBAでお世話になっている小川教授から聞いた話である

1世紀前は、野生動物のシェアは90%だったという。人間がいかに、この地球を自分たちの庭のように扱ってきたかが分かる。問題は「豚肉や牛肉の生産では、タンパク質への変換効率が良くない」ことである。飼育の過程で、大量の飼料、水、エネルギーを消費し、環境を破壊している。

解決策は「植物性タンパク質」をいかに我々の食生活に取り入れるかに懸かっている。詳しくは続編で書く予定である。

武蔵野大学「アントレプレナーシップ学部」創設!!

僕は2006年3月、日本の教育を改革したいという思いから、ドリームビジョンを設立した。大学の仕組みを変えたかった。

しかし、僕なりにフィージビリティ・スタディ(事業性の検証)を進めるうちに、当然と言えば当然だが、僕如きでは「象牙の塔」に針一本も刺せないだろうと判断したことと、いわるゆライブドアショックが起こり、ベンチャー氷河期が来るだろうと思い、その構想は断念した。その後、2008年9月、リーマンショックが起こり、スタートアップの世界は文字通り、氷河期に突入した。

そのような経緯で、僕の「教育改革」に対する構想は「お蔵入り」させたままだったのだが、2019年11月15日22時27分、「1分で話せ」で有名な伊藤羊一さんから、FBメッセンジャーで連絡が来た。

「唐突で恐縮なのですが、現在、私は武蔵野大学で新学部(アントレプレナーシップ学部)開学するべく、プロジェクトリーダーとして準備中で、教員としていらしていただけないか、というお誘いであります」と!

伊藤さんとは、スタートアップ関連のイベント等で何度かお会いしたことがあったくらいで、それほど親しくしていたわけではなかったが、僕が非常勤で教えている法政大学経営大学院(MBA)のシラバスに書いておいた「ひと言」を読んで、是非、一緒にやりたい!と思っていただいたそうだ。

そのような経緯で、2021年4月から、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部で教員として働くことになった。とても光栄なことだ!

担当するのは、Gobal Startup Ecosystem等、世界のスタートアップエコシステムを学ぶことで、僕が自分の人生で実践してきたことだ。学部のメンバーは、トップページ右横のメニューバー「MEMBER」を参照されたし。

アントレプレナーシップ学部のイメージ動画はこちら!

もうひとつ申し上げると、インタースコープ時代からの盟友、大谷真樹さん(インフォプラント創業者で、元八戸学院大学の学長)から、インフィニティ国際学院の設立に伴い、ナビゲーター(要するに非常勤の教員)として参加してくれませんか?という打診が、さらに1年前にあった。

自分の能力では成し得なかったことでも、こうして、他の人からの協力要請で自分の想いが具現化するということを、大谷さん、そして、伊藤さんからのメッセージで理解した。

僕は「コンプレックスの塊」のような人間で、長い間、他人を羨む人生を送って来たが、上述のお二人を含めて、多くの方々のお陰で、ようやく、自分自身を肯定し、自分の個性を尊重し、お互いの違いを認められるようになってきた。本当にありがたいことだ。

新しい学部の創設としては、これ以上ない「最悪」のタイミングかもしれない。でも、文字どおり、アントレプレナーシップを発揮して、この難局を乗り越え、武蔵野大学の理事会、教務部の皆様、そして、西本照真学長をはじめ、創設メンバー全員で力を合わせて、2021年4月の学部開設を実現させたい!!

自作の座右の銘(3部作):人生は短い。人生はすべて必然。人生には勇気と自信が必要だ。

まだまだ書きたいことはたくさんあるが、今日のことはひとまず、新たな挑戦のご報告として!

2020年4月2日@自宅にて。

9社目の創業とコロナウイルス。

サンブリッジの仕事を始めたのは、2011年3月だった。オフィスから、JR恵比寿駅西口ロータリーに出て来たところで、地面が大きく揺れた。三井住友銀行からは、大声で叫びながら外国人が飛び出してきた。

インタースコープを創業したのは、ネットバブルがピークを打った2000年3月。また、遡ること29年。初めて起業した1991年3月は、金融と不動産のバブル経済が弾けた頃だった。

投資先の一社でもある Infarm の日本法人を設立(代表取締役社長に就任)したと思ったら、新型コロナウイルス。でも、幸運にもTOA World Tour Tokyo 2020 で、日本市場参入のアナウンスをすることができ、多くのメディアにカバーしていただいた。

ベルリン発の都市農業ソリューション「Infarm」、JR東日本から資金調達し日本市場進出——スーパー「紀ノ国屋」で、屋内栽培の農作物を販売へ

https://www.businessinsider.jp/post-208694

僕が新しく何かをしようとする時は必ず、世の中がクラッシュした時だ。そして、僕の誕生日は3月。もうすぐ57回目の誕生日が来る。

新型コロナウイルスの件では、色々と考えさせられた。というか、日々、考えさせられている。

誰しも先行きが見えない事象には不安を覚えるし、パニックになることもある。しかし、不確かな情報に翻弄され、心配しても事態が好転するわけではない。ご家庭によっては大変なところがあるのは心が痛むが、幸いにして我が家は、仕事も何とかやり繰りし、むしろ、二人の子どもたちと過ごす時間が増えたことは不幸中の幸いだと思っている。

むしろ、こういう時こそ、中長期の視点で、新型コロナウイルス後のことを考えた方がいい。地球が終わるわけではない。

還暦まで、あと3年(嫌だねw)。それまでにも、そして、その後にもやりたいことはたくさんある。

Infarm 日本市場参入に続き、もうひとつ、近日中に、新たな取組を発表できると思う。

大きな花を咲かせたい。そのためにも、とにもかくにも健康が大切である。

まずは手を挙げる。

ここ数年、ブログの更新が滞っていた。せいぜい、1か月に1回か2回くらいしか書けなかった。書きたいテーマが無いわけではなかったが、多忙な時間を縫って書こうというほどの強いものではなかった。それが最近、久しぶりに、書き残しておきたいことが出てくるようになった。

最近のエントリーを書いていて再認識したことがある。それは、僕が書きたいことは一貫して、自分という「個性」を認めてもらえなかったことに対する「鬱屈した想い」と、そういう「日本の教育制度に対する苛立ち」だということだ。

経営学やイノベーション論で著名な「米倉誠一郎」教授に初めてお会いしたのは、まだサンブリッジグローバルベンチャーズを経営していた頃だった。ある日、都内の某高層ビルにある米倉教授のオフィスを訪ねた。

何の用だったかは憶えていないが、挨拶こそ交わしてくれたものの、ろくに僕と目を合わせてくれない教授に対して、失礼な人だな…と思ったことを憶えている。

その何年か後、偶然、日比谷線の中で教授に遭遇した僕は、恐る恐る「米倉先生ですよね?」と声を掛けてみた。すると「なんだ。同僚じゃないですか!」と、予想もしていなかった言葉が返って来た。なんだ、見た目通り、ファンキーな人なんだ!と思ったw。

米倉教授は、一橋大学を退職された後、僕が非常勤でお世話になっている法政大学のMBA(イノベーション・マネジメント研究科。略してイノマネ)に着任された。僕が2010年からイノマネにお世話になっていることを話したところ、そう仰った。

その米倉教授にまつわるエピソードで、とても共感させられる話がある。

詳しくは、下記のブログをご一読いただきたいが、要するに、間違ったらどうしよう? とか、気恥ずかしいとか、そんなことはバッサリと捨てて、とくにかく「手を挙げる」ことが極めて重要だということだ。

※写真は下記のブログより掲載。

『誰も、誰一人として手をあげませんでした。すると、むしろ先生が手をあげてマイクをとり言うのです。「例えばな、こういう時、手を挙げることを俺は0.1と捉えるんだ。そしてお前ら一人一人を 1とするだろ。そうすると、手を挙げたやつは1+0.1=1.1になるわけ。で、例えば手を挙げないとするだろ。そうすると手を挙げないやつってのは 1-0.1=0.9になるんだよ。つまり、チャンスを一個失ったからさ、1であることすら保てないわけだよ。さてここで問題だ」。

この先に米倉教授は、極めて重要なことを仰った。

「手を挙げる」ということに関して、思い出したことがある。中学生になって間もない頃のことだ。

僕が卒業した小学校は新設校だったこともあってか、とても自由闊達な校風だった。我先にとまではいかなくても、授業中は質問の答えが分かれば必ず、手を挙げた。

それが、中学に行ったら、誰も手を挙げない。皆、分からないのかなぁ…と思っていたら、当てられると、ちゃんと答える。それは、本当に不思議だったし、とてもガッカリした。

僕が卒業した小学校ではない小学校から来た生徒たちは、そういうカルチャーの学校で育ったんだろうな…。分かるからといって、ハイ!と手を挙げるのは、慎ましやかじゃないとか、謙遜が足りないとか、自慢はよくないとか・・・。

でも事の本質は、日本の「失われた20年(そろそろ30年になる!)」の原因でもある「減点主義」で育てられたからだろう。手を挙げて、もし、答えが間違っていたらどうしよう・・・、自分は「頭の悪い児童(小学生)」と思われるんじゃないか? という「源点主義」な校風、もっと言えば、尊敬なんて言葉からは程遠い教師(と言うに足らない!)たちに教育された被害者だったんだろう。

ところで、僕の盟友、インフォプラント創業者で、インフォプラントをYahoo! Japan に売却した後、八戸学院大学の学長を6年務めた大谷さんは「日本の教育を創り直す!」ことをこの先の人生のミッションとして、インフィニティ国際学院という、ミネルバ大学の高校版を創設した。

その大谷さんに声を掛けていただき、インフィニティ国際学院のナビゲーターなる役職を仰せつかり、時代遅れも甚しい日本の教育をDisrupt!し、ReDesignしていくことに携わる貴重な機会を頂いた。また、まだここには書けないが、もうひとつ、日本の教育の世界をRock! する、極めてエキサイティングなプロジェクトに参加することになった。

僕の能力では実現出来なかった「教育の世界を改革する」という想いを「問題意識を共有する人たち」と力を合わせることで具現化できるとしたら、Connecting the dots. ということだ。

2006年3月にドリームビジョンを創業した時から、さらに言えば、小学校の時の担任、中学校の最初の中間テスト(数学だけ出来なかった)で担任に言われた一言、高校の古文の教師、高校生のくせにチケットを売ってライブをするのはNGだといって、無理やりキャンセルさせられたり人が大勢集まると、ケンカ等が起きるかもしれない!=問題&リスク回避=保身)等に対する怒りと疑問を持ち続けてきた。

大学に至っても、同様である。とても残念なことに、まだ67歳にして亡くなられたクレイトン・クリステンセン氏やマイケル・ポーター氏、そして、MBAを痛烈に批判しているミンツバーグ教授等、経営に関する素晴らしい研究成果を残している方々もいらっしゃる一方、株式を発行したこともなければ、銀行から融資(住宅ローンではない!)を受けたことも、従業員を採用したり、ましてや解雇したこともなく、経営が何たるかを理解しているとは思えない方々が「経営学部」の「教授」なる役職に就かれている。尚且つ、教授になったら「降格はおろか、解雇されることはない」。

また、大学の「経営」という観点で見れば、どこからどう見ても「教育機関」であり、「教育産業受験料収入授業料、そして、文科省からの助成金(我々の税金)で大学の経営は行われている。一部の大学は寄付もある)」であるにも関わらず、教授になるためには、査読付きの論文を何本書いたか? 学会発表を何回行ったか? 等で、「研究成果」で評価される。つまり、教育に力を注げば注ぐほど、研究のために費やす時間は無くなる。教授への階段は遠くなるのが現実だ。

こうしてブログに書いているだけで、ふつふつとした怒りがこみ上げて来る。

50代半ばにして、それらの「象牙の塔」の課題を解決すべく「挑戦する」ことが出来るとしたら、相手に不足はない・・・よねw!

The’s the way an entrepreneur goes!

Dream as if you’ll live forever, live as if you’ll die today.

とある週末、長男が通う中高一貫校の学園長の講演会に出掛けた。予想に違わず、大勢の保護者が参加しており、学園長の講演内容には多くの示唆があった。この先の人生について色々と考えさせられた。

久しぶりに自宅の書棚からドラッカーを取り出し、移動の電車の中で読み始めた。所狭しとマーカーが引いてあるが、まったく憶えていないところがたくさんある。いつも思うが、ドラッカーの本は、読むたびに、新しい発見がある。正確に言えば、当時は「その本質を理解していなかった」ことに気づかされる、ということなのだろう。

その他に最近読んだ本は、「モビリティ2.0:深尾三四郎著(日本経済新聞社)」「理は変革の中に在り:野村克也著(KKベストセラーズ)」「日本の論点2019-20:大前研一著(プレジデント社)」である。更に言うと、ブロックチェーン関連の書籍も何冊か読もうとしたが、どれも途中で挫折した。僕が期待した内容とは異なっており、「将来的にこんなことができる!」ということが中心で、技術的な説明はなく、あまりにつまらなく、どうしても読む意思を持ち続けられなかった。僕が期待していたのは、エンジニアではない僕でも分かるような「技術解説」だった。

そんな僕の問題意識を解決してくれたのは、Tim Romero というアメリカ人の友人(起業家、エンジェル投資家)だった。彼からの説明は、たったひとつの技術的な観点だけだったが、そのことにより、ブロックチェーンの可能性とその構造故、ブロックチェーンには向かない領域がたくさんあることの両方を理解することができた。巷で言われている「すべてはブロックチェーンに移行する」というのは「リアリティがない」ことが、よく分かった。

ところで、2018年も残すところ、あと2日。年々、年の瀬の感覚が無くなり、一年が経つのが速い。

今年の前半は毎月のように海外に出掛けたが、今、改めてGoogle Calendar を見直してみると、1月下旬から2月上旬は「長男の中学受験」だった。そんなこともあったな・・・というぐらい、もうずいぶんと昔のことのように感じる。

実は、長男の受験の直前、当時、保育園の年長だった次男が発熱。そう、よりによって・・・である。妻も僕も背筋に寒いものを感じたが、健気にも次男はトイレ以外は自分の部屋から一歩も出ず、食事も自分の部屋で食べてくれた。無事に長男の受験が終わった数日後、次男は「今だから言うけど、超つまんなかったw」と笑顔で告白してくれた。

「小学受験は親の受験。中学受験は家族の受験。大学受験は本人の受験」というらしいが、その言葉どおりの受験だった。

家族のことで言えばもうひとつ、長男と次男のお蔭で、洋楽派で尚且つ世事に疎い僕も、最近はJ-POPを聴く機会に恵まれている。「ONE OK ROCK」の「c.h.a.o.s.m.y.t.h.」と「SEKAI NO OWARI」の「RAIN」がお気に入り。若いということは、ただそれだけで素晴らしい。そう思うほどに、歳をとったということだ・・・。横浜スタジアムを満員にした彼らの将来が明るいものだといいね。

最後に少しだけ仕事の話をすると、今年はまる一年、とあるプロジェクトの実現のために、某大企業の方々とコツコツとMTGを重ねた。僕個人やドリームビジョンというクレジットと経済力では到底実現できないことを、その会社の方々とご一緒することで、世の中にインパクトを与えられる仕事ができるかもしれない。一年後、このブログで良い報告ができるようにしよう!

明日からは生まれ育った福島県郡山市の実家に帰省する。2015年末から再スタートしたスキーに、今年も子どもたちと行く。寒波のお蔭でコンディションは良さそうだ。

いいスタートを切りたいね! 皆さん、良いお年を!!