Progress. 弱虫な自分を振り切れるか?

小学生の時も中学生の時も、僕は先生に嫌われていた。正確に言うと、僕のことを支持してくれていた先生もいたが、授業中に「平石、お前なんか大嫌いだ」とクラスメイトの前で公然とディスられたこともあった。何年生の時かは忘れたが、中学生の時だった。皮肉にも、その先生の息子とは、高校を中退して通っていた予備校で一緒だった。

小学校の時は、高学年の時の担任の先生から偏見を持たれていた。何が原因だったのかは今も分からないが、彼女は僕がいつも掃除をサボっていると思っていたらしく、ある学期の最終日に、隣のクラスの担任の先生に「平石は掃除をサボっていたでしょう?」と訊いていた。隣のクラスの担任の先生は山田先生と仰ったが、「いえ、そんなことはありません。平石くんはちゃんと掃除をしていましたよ」と返事をしたにも関わらず、「そんなハズはないでしょう」と否定してみせた。僕の目の前でだ。

そんなこともあってか、インフィニティ国際学院「第一期生の二人」の話は、57歳にもなった僕にも訴えてくるものがあった。波紋が広がるように。

ミネルバ大学のようなその高校は、僕の盟友(と僕が勝手にそう言っているのだが)「大谷真樹」さんが一年前に立ち上げた、メチャクチャぶっ飛んだ高校だ。

世界を旅しながら学び、世界の難関大学等を目指す、国際進路特化型の画期的なインターナショナルスクール。一年目はフィリピンで徹底的に英語を習得。また、深センなど近隣の都市を訪問。2年目からは、欧州、アジア諸国、そして、アフリカ大陸にも渡り、自分の目と足と心で、その場所の歴史と文化と社会と経済を学ぶはずだった彼らは、新型コロナウイルスという予想外の出来事により、オンラインでの学びにピボットすることになった。

一期生の彼らにとって予想外だったのは勿論だが、インフィニティ国際学院の創設者であり学院長の大谷さんにとっては、心臓が止まりそうな衝撃があったに違いない。そんな素振りは何一つ見せないけれど・・・。しかし、予想外を予想外のままにしておくわけにはいかず、根っからの起業家である大谷さんは、危機になればなるほど、その本領を発揮する人で、人並み外れた決断力と実行力で、僅か一ヶ月足らずで、すべてのカリキュラムをオンラインにシフトした。尚且つ、インフィニティ世界塾オンラインなる塾までスタートした!恐ろしい人だ。

そのインフィニティ国際学院の第二期生募集に伴い、一期生の彼らがこの一年で何を学んできたのか? 「シゲ」と「祥真」の二人が、小学校、中学校時代を振り返りながら、Youtube で公開した説明会で、飾らない自分の言葉で語ってくれた。

それぞれ理由は異なるが、小学校や中学校で、既存の枠組みに適応できなかった二人は、自己肯定感を持てず、その先の人生の将来展望を描けずにいたという。その二人に転機をもたらしたのが、インフィニティ国際学院なのだが、驚いたのは、彼らがこの学院に入学するきっかけは、彼らの母親からの勧めだったということだ。

詳しくは是非、Youtubeのアーカイブを見てみて欲しいが、この一年で学んだのは「自分という人間をより良く知ることができたこと」という、高校2年生の二人が口にした言葉は、大人の想像を超えていた。

ところで、休校で学校に行けず、運動不足の小3の次男を連れ出し、駒沢公園や林試の森まで、自転車で出掛けることが日課になった。それに加えて、ほぼ毎日、ジョギングをしている。約4kmのコースは、アップダウンが激しく、いい運動になる。

ジョギングの最中に聴いている、ここ最近のお気に入りの曲がある。

ギターのリフから始まるその曲は「Progress」という、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組の主題歌だったことは知っていたが、それがスガシカオの曲だとは知らなかった。

その曲の歌詞を聴きながら、考えたことがある。大谷さんと僕は何が違うのだろう?

大谷さんは欲張りではなく、見栄も張らず、高級車にも興味はなく、他人の評価を気にせず、名誉欲もない。そして、これだ!と思ったことに、躊躇すること無く、邁進する。

自分が目指すものを実現するに際して、重要ではないものは、何の躊躇もなく、バサッと捨てていく。思いっ切り、振り切っているのだ。

一方の僕は、八方美人で、皆にいい顔をしたいし、他人に迷惑を掛けたくないし、嫌われたくないし、捨てることができない。それでは、大きなことができるわけがない。

そんな僕だからか、スガシカオの「赤裸々な歌詞」は訴えるものがある。

「ずっと探していた理想の自分って、もうちょっとカッコ良かったけれど、ぼくが歩いてきた日々と道のりをホントは”ジブン”っていうらしい」。

「ねぇ ぼくらがユメ見たのって誰かと同じ色の未来じゃない。誰も知らない世界へ向かっていく勇気を”ミライ”っていうらしい」。

“あと一歩だけ、前に進もう”。

シゲと祥真は、カッコいいよね!

Another Monday morning in the social distance, not Paradise.

2020年4月27日。偏頭痛の定期検診のため神谷町のクリニックに向かう。最寄駅のホームは閑散としている。当然だが、電車の中も空いている。混雑した月曜日の朝の風景は、もう過去の出来事になるのだろうか?

28歳の時、徒手空拳で起業してから29年。一時期は、100名を超える会社の経営をしていたこともあるが、ここ数年は数人の組織で、海外出張が多く、時差も手伝い、リモートワーク且つノマドな生活を送ってきた人間には、テレワークは新しくも何でもない。そして、ご多分に漏れず、新型コロナウイルス関連の記事や報道をチェックし、この先の社会の在り方を思案する毎日だ。

新型コロナウイルスの発生原因は諸説あり、素人の僕が講釈を垂れるにはあまりに複雑で未知の災難だが、前回のエントリーでも書いたが、地球環境の変化、ストレートに言えば、人類による地球環境破壊が無縁ではないと思う。

前回のエントリーで紹介したとおり、地球上に住む「人間」と「家畜」と「野生動物(陸上に棲む脊椎動物)」の「重さ」は、人間30%、家畜65%、野生動物5%である。この「不都合な真実」は、我々地球の主?にとって、どのような意味を持つのだろうか? その意味を僕は、法政大学経営大学院でお世話になっている小川教授から教わった。

この先の内容に関しては、小川教授のレポート(ブログにも掲載されている)とご本人から伺った話を僕なりに咀嚼したものだ。詳しくは、小川教授のブログを参照されたいが、学術的な内容で少々難解なところがあるため、より多くの方々に簡単に読んでいただければと思い、このエントリーを書くことにした。

小川教授との出会いは、インタースコープ時代に遡る。インタースコープでは、超優秀な学生インターンを採用していたため、法政大学で単位認定のインターン制度を導入する際、竹内淑子教授から相談があったのだが、その竹内教授から「きっと馬が合うと思います」と言って紹介されたのが小川教授だった。失意のドン底だった2009年の夏、法政大学経営大学院の小川教授から掛かってきた一本の電話で拾っていただき、今も経営大学院で、イノベーションと起業家精神について教えている。

ところで、皆さんは日頃、牛肉や豚肉、そして鶏肉をどのような頻度でどの程度、食べているだろうか?(僕は鶏肉は嫌いなので食べないw。)

環境科学者として世界的に有名なオランダ自由大学のハリー・エイキング博士によると、タンパク質の生産効率という観点で、豚肉エンドウ豆(pea)を比較すると、必要とされる土地面積には約10倍(エンドウ豆:1.3ha v.s. 豚肉:12.4ha)、必要な水量約60倍(エンドウ豆:177㎥ v.s. 豚肉:11,345㎥)の格差があるという。

尚且つ、エンドウ豆(pea)豚肉では、農業生産が生み出す環境負荷(排出物の指標)が大きく異る。

例えば、環境負荷の格差が大きいのは、1. 海洋と土壌の酸性化(Accification)は61倍2. 地球温暖化(Global warming:Co2の排出量)は6.4倍3.富栄養化(Eutrophication)は6.0倍である。「農薬や肥料」「水や土地利用」でも、格差は1.6倍から3.4倍に広がっている。

では、その原因は何なのだろうか?

「豚肉(タンパク質)」の生産のためには、穀物(大豆とでんぷん)を「飼料」として投入する必要がある。つまり、豚肉の生産では、投入される飼料やエネルギーの「タンパク質(豚肉)への変換効率」が良くない、ということだ。前述のエイキング博士によると、「牛肉」は豚肉と比較して、さらにタンパク質への変換効率が悪いことが知られている。

さらなるメリットとして、植物由来のタンパク質への転換を図ることで、オランダや欧州において農業に利用されている土地や資源(水や肥料など)を、現在の「5倍から6倍」程度、解放できるそうだ!つまり、その分を、放牧に利用したり自然に戻したりできるという。これは、環境負荷の低減という意味で極めて説得力がある。但し、エンドウ豆の栽培の途中では、タンパク質の副産物として、でんぷんが大量に産出されること、大豆の場合は、サラダ油が副産物として生み出されることを考慮する必要がある。

では、それにも関わらず、人類は何故、未だに大量の「家畜」を飼い、大量の「肉」を消費しているのだろうか?

米国発の「インポッシブル・バーガー」や「ビヨンド・ミート」が支持を得つつあることは周知のとおりだが、それでも、ヴィーガン食(完全菜食主義者)やオーガニック食品は、まだまだ極一部の人たちにしか浸透していない。

何事も「変化は痛みを伴う」が、人間は「食」に関してかなり保守的ということだ。生まれ育った食習慣を変えることは、そう簡単ではない。

マーケティング的には、新しい食品として売り出すよりも、「インポッシブル・バーガー」や「ビヨンド・ミート」の名前のとおり、従来の「肉」に関連付けて売り出した方が人々の心に響くし、「味」に関しても、いかにして「本物の牛肉」に近づけるか? が成功要因になる。

僕は今から2年前、シリコンバレーのレストランで初めてインポッシブル・バーガーを食べたが、牛肉とほぼ同じ食感で、牛肉よりもシツコクなく、個人的には「こっちの方がいいな(健康にも良いし)」と思った。

ここでは詳細なデータを紹介することは省略するが、温室効果ガス(CO2)の排出量に関しては、クルマの排気ガスがもたらすものよりも、畜産によりもたらされる量の方が圧倒的に多い。

特にアメリカでは、畜産業界は大きな「票田」になっていることもあり、政治的問題と密接に関係しており、一筋縄ではいかない問題であるのは間違いないが、「人類の未来」は「植物の時代」にしかないと断言できるだろう。

因みに、カバー写真は、妻が作った「ローストポーク(ローズマリー風味)」である。手前味噌だが、かなり美味しい。

肉食を完全に止めることは難しいかもしれないが、前述のとおり、自然に放牧されて作られた牛肉や豚肉なら、環境破壊を最小限に留めることができるし、それほど頻繁に牛肉や豚肉や鶏肉を食べる必要もない

僕の拙い知識に基づく考察ではあるが、皆さんは、どう思われただろうか?

May 2nd(Sun), 2020. Just another day on our rooftop in the Social Distance Days.