10年後の自分。

それほど期待していたわけではないけど、急遽決めた一泊二日の「箱根」旅行は楽しかった。

貸別荘なら食事も部屋で食べるし、他のお客さんと一緒になることもないし、この時期でも大丈夫だろうしね。

ここ数週間、色々と書きたいことはあったけど、年明け1月の紀ノ国屋とサミットでのInfarm ローンチの準備で忙殺されており、ブログを書くことよりも優先すべき仕事がたくさんあった。

彫刻の森美術館で見たピカソは圧巻だった。僕は巨匠の絵を理解できるような才能は持ち合わせていないが、それでも、ゲルニカを思わせる絵のタペストリーの前に立った時は、その作品のエネルギーに圧倒された。

「絵は前もって考えつくされ、決定されるものではない、むしろ描かれていく間、たえず心の変動に従う。絵は作者の欲求がそこに表そうとしたことよりも、ずっと多くのことを表現する。作者はしばしば自分で予期しなかった結果に驚かされる。線が対象を生まれさせ、色がフォルムを暗示し、フォルムが主題を決定する」。

年が明け、3月の誕生日が来ると、僕は58歳になる。還暦カウントダウンだ。

35歳になった時、20歳からそれまで生きてきた時間と同じ時間が訪れると、僕は50歳になるという現実に気づいた時、後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を受けたが、その50歳はとうの昔に通り過ぎ、あと2年3ヶ月で60歳だ。

ここ数年、大学生や20代の若者たちを見ると、何とも言えない哀愁というか、認めざるを得ない衰えに、切ない気持ちになっていたが、ピカソの絵を見て、元気が出た!

ピカソ風に言えば、その時々の自分が選んできたことが「自分が予期しなかった結果」をもたらし、新たな「選択肢」を生まれさせ、行動が役割りを暗示し、役割りが人生の主題(目的)を決定する。

肉体は58歳になっても、精神的には、28歳の頃とあまり変わらない気もする。

柔道のワンマッチは、たくさんの方が見たと思う。僕は別に柔道のファンというわけではないけど、たまたま、その数日前だったかに「丸山城志郎」選手の特集番組を見て、66kg級は、たいへんなことになっていることを知った。

その日のニュース番組では、勝負に勝った阿部一二三選手を称える報道だけだった。そりゃ勝者がいれば、敗者がいるわけで、勝者を称えるだけでいいのか? どちらが勝っても金メダルと言われていたわけで・・・。

たしかに、阿部一二三選手の方が妹さんも一緒にオリンピック代表に選出されるなど、メディアにとっては、これ以上ないストーリーかもしれないけど、僕は丸山選手の今後の方が興味がある。

地元の進学校を受験するも落ちて、二次募集で入った高校を中退し、翌年、リベンジしたまでは良かったけど、落ちこぼれとなり、三流大学にしか行けず。興味があるのは英語と西洋文化しかなく、でも、留学をさせてもらえるわけもなく、生活していくために仕方なく入った会社は一年3ヶ月で退職。28歳で起業するも鳴かず飛ばずの日々が9年。そんな僕を見かねたのか、神様が拾ってくれて、何とかネットバブルの最終列車に飛び乗った。

外野が軽々しく言っていいことじゃないと思うけど、丸山選手には是非、リベンジして欲しいと思う。

リベンジと言えば、ビートレンドの上場は嬉しかった。僕はドリームビジョンを通じて、ほんの少しばかり、ビートレンドに投資させてもらっているけど、株主という意味だけじゃなく、ビットバレーと言われたネットバブルの狂乱を共に生き、その後、幾多の試練を乗り越え、苦節20年が実って、12月17日にめでたく上場。まだまだ人間が出来ていない僕は、他人の成功を嫉妬もするが、ビートレンドの上場というか、井上さんの苦労が報われたことは、自分のことのように嬉しかった。

ところで、10年後の自分は68歳。どうしているんだろうね? 日本にいるんだろうか?

僕がしてきた苦労なんて苦労のうちに入らなけど、辛いことがあっても、生きていることは素晴らしいし、そう思える日々を送れていることは幸せなことだ。

皆さん、良いお年をお迎え下さい!