もし、99%の確率で交通事故に遭うと分かっていたら、あなたはクルマに乗るだろうか?

今の仕事を始めてから、毎年一回はシリコンバレーに来るようになったが、今までに聞いたこの地を形容する表現の中で、最も言い得て妙だと思った話を紹介したい。
Would you drive or get in a car if you have traffic accidents in 99 percent of all cases?
Silicon Valley is the place filled with such kinda crazy people…
That’s why this place has continuously produced Innovation.
僕らの投資先のCTOをしている Varouzhan Ebrahimian という人がいる。彼が昨日のピッチ予選の審査員として来てくれた際にとある話をしてくれた。
色々な人たちがシリコンバレーに来るが、彼らが必ずしてくる質問があるそうだ。
「何故、ここは常に”World Class”のイノベーションを生み出すのか?ここの人たちは他の地域の人たちよりも頭がいいのか?」
それに対する彼の答えが「99%の確率で事故に遭うと分かっていても、1%の事故に遭わない可能性に懸ける人たち」ということだ。
徒手空拳で起業したのが1991年、ネットバブルの最終列車に飛び乗ったのが2000年、創業メンバーのひとりとして立ち上げたウェブクルーが東証マザーズに上場したのが2004年、山川さんと一緒に創業し、業界の御三家の一角となったインタースコープをYahoo! Japan に売却したのが2007年、運と実力を勘違いし、見事に玉砕したドリームビジョンの事業を整理したのが2008年、Allenとの2年半ぶりの再会がキッカケとなり、サンブリッジにジョインし、会社分割でサンブリッジ グローバルベンチャーズを創業したのが2012年、立ち上げたファンドが3本、投資先の半分以上は「海外のスタートアップ」になった。
こうして振り返ると、色々なことをやってきたが、起業して「会社」を育てていくことは、とてつもなく大変だということだ。
こちらの起業家友達の Jen という女性が、今回のツアー参加者を連れて行った時のレクチャーで、It’s all about people. と言っていたが、本当にそう思う。
ここ数年、具体的にはドリームビジョンでの大失敗の後は、パーを取ることを考え、ボギーを叩かないようにしてきたが、バーディーを狙う生き方はして来なかった。
色々な意味で懲りたというか、新しいことを立ち上げるのが如何に大変かということを理解したせいだが、ボギーを叩くリスクを負ってでも狙いたいバーディーが無かったのも事実である。
それが昨年末、シリコンバレーに移住して20年になる、とある人との再会により、この先の10年、これに懸けよう!と思うことが現れた。
シリコンバレーは、懲りない人を惹きつける場所だ。
来月で53歳になる人間をも…。

次男の両手に刺さったトゲと祖父の思い出。

今日は今月で4歳になった次男の誕生日祝いを兼ねて、ストライダーちっくな自転車を買いにお台場へ。浪費家の僕とは違い、何でも徹底的に調べてから購入する極めて慎重派の妻は、何カ所か巡った後、ようやく、今日のお店で自転車を買った。

そこまでは良かったが、自転車を買ってもらってご機嫌にはしゃいでいた次男は、Decks 3階のウッドデッキで転んでしまい、なんと、両手に5-6ヵ所ずつ、トゲが刺さってしまった…。
僕が子供の頃は、一緒に住んでいた父方の祖父が、火に焙って消毒した裁縫針で器用にトゲを取ってくれた。小学校に入ってからは、自分で同じようにしてトゲを抜いていた。
そんなことで、次男の両手に刺さったトゲも、子供の頃を思い出し、裁縫針を火に焙って消毒し、いくつかは取ったのだが、さすがにこれは無理だろう…というトゲがいくつかあり、仕方なく、日赤医療センターの救急に連れて行った。正確に言うと、自分で取れなくはなかったが、かなり深く刺さっており、体格に似合わず怖がりで大泣きする次男を考えると、ぎゃあぎゃあ泣き騒ぐのは想像に難くなく、僕が自分でやるのは断念した。
日赤医療センターの救急窓口は混んでいたが、小1時間ほど待っただろうか?外科の医師が診察してくれた。次男は、案の定、痛い~!我慢できないー!と、泣き騒いだが、なんとか両手のトゲは取れた。
そんなことで、僕は予定が大幅に狂い、夕食を食べ損ねたまま自宅を出た。
今日からシリコンバレーとNew York への出張である。

「野党」と「人間の死亡率は100%」。

僕の場合、ブログを書くにはエネルギーがいる・・・。

ここ数ヶ月は書きたいことがたくさんあったが、溜まっている仕事があり、僕のリアクションを待たせている中、ブログを書くのは申し訳ないという気持ちがあり、遠慮していたが、何とか一段落したこともあり、久しぶりに書いてみた。

facebook の3年前のこの日・・・とかいう機能はいいね。なるほど・・・あれから、もう3年も経つのか?と、自分の軌跡を振り返ることができるし、忘れていた大切なことや人たちを思い出させてくれる。

僕たち兄弟の母は、僕が15歳の時、45歳の若さで亡くなった。父は僕が24歳の時、55歳で亡くなった。僕も含めて、人間はいつかはこの世を去る。

僕が20代の時に務めていたODSという会社の創業者(山口さん)は生前、元ソニーCEOの出井さんと親しくしており、山口さんのお別れ会は出井さんが音頭を取って開催された。そこでの出井さんのスピーチが印象的だった。

「人間の死亡率は100%ですから・・・(あれほどエネルギーに満ち溢れていた山口さんでも亡くなるということです)」。

ドラッカーは「人は一年でできることを過大評価する一方、5年あれば(実現)できることを過小評価する」と言っていた。

今から思えば、どう考えても無謀であり、当時の僕の実力では成功するはずがないことに挑戦し、見事に玉砕したのが2008年。晴耕雨読ならぬ「晴『読』雨読」生活を送っていた2009年から数えると7年が経った。

修士すら出ていない僕が「法政大学」の「経営大学院(MBA)」の客員教授になり、Allenとの再会がきっかけでサンブリッジにジョインし、会社分割でサンブリッジ グローバルベンチャーズを設立。投資先の大半は「海外」のスタートアップになった。

2011年5月20日にベンチャーナウの竹内さんと一緒に立ち上げた「Innovation Weekend」は海外で開催するようになり、僕は「London Tech City Global Fellow」になった。要するに、ロンドンのスタートアップのグローバル化を手伝う顧問だ。自分でも笑ってしまう。ロンドンどころか、一度も海外に住んだこともないのにだ・・・。おまけに昨年、ロンドン市長 Boris Johnson 氏が初来日した際の英国大使館のレセプションではパネルディスカッションに登壇させていただき、その時の僕の発言をJapan Times が掲載してくれた・・・。Boris Johnson 氏を囲む昼食会までご一緒させていただき、幸運にも隣の隣の席だった。

NOKKOはいいね。YOUTUBEでしか見たことはないけど、解散コンサートの「フレンズ」は最高だ!願わくば、GLOBALに売れて欲しかった!彼女たちに限らず、僕の大好きなチャーにしても、その才能からすれば、GLOBALに成功してもおかしくない人が日本人にはたくさんいる!

東洋人だからか、母国語が日本語だからか、その理由はともかく、とてももどかしい・・・。

高校生の頃、日比谷の野外音楽堂でライブをやって、満員の観客からアンコールをもらったら、その場で死んでもいいと思っていたけれど、やっぱりミュージシャンは最高だ!極々一握りの才能がある人たちだけではあるけれど、こんなにも人の心を揺さぶって、頑張ろう!って気にすることができるのだから・・・。

この週末+明日は、法政大学MBAでの仕事。一般的な大学院の修士論文に相当する「プロジェクト」と言われるビジネスプランの最終発表会。自分が発表するよりも、担当する学生の発表を待つ方が緊張する。人を指導するのは難しい・・・。自分が未熟だということを思い知らされる。でも、勉強になる。

プロジェクト発表会が終わると大阪。今年は2/17(水)、HackOsakaというカンファレンスがある。僕は3年前から、大阪Global Innovation創出支援事業(略して大阪GI)のスーパープロデューサーなる、どうにもカッコ悪い役職の仕事を仰せつかっている。

正直に言って、大阪にスタートアップのコミュニティを創るのは至難の業だ。東京にざくっと年間約1,000億円のVC投資があるのに対して、大阪には70~80億円ほどしかない。最近の東京のイケてるスタートアップなら2~3社でその額を集めてしまう。自分でベンチャーを立ちあげたい、起業したいという、優秀でやる気がある人たちは殆どと言っていいぐらい、東京に行く。おカネだけではなく、仲間も情報も必要なノウハウもすべてが東京にあるからだ。

ある人に質問されたことがある。
Ikuo, do you think you can reverse the tide? 
「常識の範疇」のことをやっているだけでは、「潮の流れ」は「変えられない」。
京都や福岡ほどこじんまりをまとまっているわけではなし、総合力では東京に勝てっこない。「これなら大阪だ!」という何かが必要だが、まだ、それは見えていない。
2013年2月14日。500startups創業者のDave McClureが演台をバン!と叩き、「お前らにイノベーションなんて起こせないだろう!!(その覚悟があるのか?)」と言ったのは単なるパフォーマンスではない。

この期に及んで雇用を守れ・・・。痛みを覚悟せず、改革ができるというのだろうか?

「新しい産業」に羽ばたかせてあげる良い機会だ!という考え方はできないのか?何とも情け無い、と思うのは、僕だけだろうか?

その大阪も少しずつ変わってきた。関西の雄、阪急電鉄の高岸さんという方は今から5年ちょっと前、とあるセミナーで知り合ったAllen Miner(サンブリッジ創業者)をあの手この手で誘惑?し、阪急の古いビルを利用して、梅田にインキュベーションオフィスを立ち上げた。そして、2015年3月には、2億円と金額は小さいが、僕たちと一緒にファンドまで立ち上げた!阪急電鉄にとっては前代未聞(前例はない)のことらしい。大組織も、本当に何かを変えたいと思う「熱い」想いをもった一人の人間がいれば変えられる、ということだ。

また、阪急関連の公益財団法人 都市活力研究所の大谷さん(一児の母)は、財団の仕事として、Innovation Weekend World Tour を応援してくれている。お嬢さんの面倒を見てもらうべく、実家のお母さんを呼び寄せてまで、New York, London, Paris, Boston, Singapore, Berlin・・・と同行してくれており、事実上、運営スタッフの一員である。彼女のエネルギーが、Ripple effect をもたらすことを期待したい。

今年のHackOsakaでは、ソフトバンクも出資する tokopedia, founder & CEO, William、弊社の投資先でもあるPeatix Co-founder 竹村さん、「ユニコーン(時価総額1Billion USD以上の未公開企業)」の一社であるWeWorkのDaniel, 欧州を代表するシード・アクセラレーター startupbootcamp, Co-founder &CEOのAlex, 500startups Japan のトップに就任したJames等、多忙なスケジュールの合間を塗って駆けつけてくれている。単なるイベントではなく、彼らの好意に応えるためにも、何かを起こす責任がある。

ところで、いつだったか、ブロゴスかアゴラの記事で、誰かが「民主党の岡田さん」を指して、あの方は本来は「与党」の人だ、と言っていた。だから、発言に「キレがない」と。要するに、政策が自民党と大差なく、そもそも自民党を批判すること自体が難しい。なるほどな・・・と思った。

そういう意味で僕は、基本的に「野党の人生」なんだろうな・・・。一度は与党チックになった気もするが、ドリームビジョンで大コケし、また野党に逆戻り・・・。

でも、それが僕の原動力なのも事実だし、いざ、与党になったら、大変だろう。野党は「批判する」のが仕事かもしれないが、与党は「世の中」を「治める」必要がある。安倍さんも大変なわけだ。

でも、少数政党として、連立与党の一角になってみたい気もする。一生に一度ぐらいは。

来月で53歳。あと5年したら、58歳・・・。

今年は、シリコンバレーで、とある大きなことをしよう思っている・・・。準備はまだまだこれからだけど、まあ、書いてしまおう。そうすれば、引っ込みがつかないし、「予言は自己実現する」というからね・・・。

追伸:ブログの写真は、ちょうど10年前。さすがに若い。そろそろ代えないと・・・。