母の誕生日。

今日は、ここ最近のエントリーからガラッと変わり、久しぶりに私生活に関する話。

昨日(3/23)は、僕たちの母の記念すべき満70才の誕生日だ。

本来は、数え年で70才が「古希」のお祝いのようだが、最近は満年齢で祝う人たちもいるらしく、今週末、僕たち3人兄弟家族が実家に集まり、母のお祝いをすることになっている。

以前のエントリーにも何度か書いているが、僕たちの母は、法的には「養母」である。

僕たち兄弟の生みの母は、僕が15才の時、45才で亡くなった。

その2年後、はやり既に他界している父と今の母が再婚し、その後、僕たちは「養子縁組」をし、現在に至っている。

父が生前、自分が亡くなった後も、我々息子達が今の母を守って欲しいという思いから、「自分(父)はそうしたいが、いいか?」と聞いていたことによるものだった。

たまたま僕が「長兄」ということで、父は僕にその話をしてきたが、僕は二つ返事で「YES」と答えた。

それから、もう何年になるだろうか。

これも、いつから続けていることか、僕自身も忘れてしまっているが、毎年、今の母の誕生日には、お祝いの「お花」を贈っている。

母は毎年、それをとても楽しみにしているようである。

もう10年以上も前のことだが、僕がうっかりお花の手配を忘れてしまった時に、母が「お花が届かない・・・」と言って、電話をかけてきたことがあった。

最初にお花を贈り始めた頃は、僕と弟たちの名前だけだったが、それぞれが結婚して、今は、僕たち兄弟夫婦、つまり「6人」連名で贈っている。

因みに、毎年、母の誕生日と母の日の「お花」を贈ることは、僕の担当になっている。

今年は、ロシアからの帰国日の翌日が母の誕生日だったこともあり、お花の手配をしてから出張に出掛けた。

ところで、今週末の帰省は、母の「古希のお祝い」以外に、生みの両親と父方の祖父母(一緒に住んでいた)の「法事」を兼ねている。

母は僕が15才、祖母は僕が20才、父は僕が24才、祖父は僕が25才の時に亡くなった。

つまり、母の33回忌、祖母の27回忌、父と祖父(前倒し)の23回忌だと思う。

また、それらの法要は、ずっと、今の母が行ってきた。

自分の夫の「前の奥さん」の法事を一生懸命にやっている母をみて、親族は、不思議で仕方なかったようだ。

無理もないと思う。余程、心の広い人でなければ、そんなことはできないだろう。

そんな母を最も心配し、最も頻繁に電話をし、何かにつけてイベントの企画をするのは、末弟である。

僕と次男は、それぞれ15才(ほぼ16才)、14才の時まで生みの母と生活してきたので、結果として「ふたりの母」がいる(特に僕は)感覚だが、三男(末弟)は「9才」の時に生みの母を亡くしており、それ以来、今の母に育てられてきているので、今の母に対する「感謝の気持ち」や「愛情」が、我々兄弟の中で最も強い。

ただ、我々兄弟にとって、今の母が「大きな求心力」となっていることは、お互いに口にはしないが、紛れもない事実である。

ある意味、生みの母が亡くなった時は、人間の「死」というものがよく理解できず(「生」についても)、また、とにかく無我夢中で、悲しんでいる暇も無かったのが偽らざるところだが、大人になった今は、人間の「生死」というものをよく理解しており、今の母が亡くなった時のことを想像すると、言葉に出来ないものがある。

弟たちは別として、僕の場合、妻の両親も他界してしまっており、僕らの子供にとっては、今の母が「唯一の祖母」であり、せめて、彼の中に「祖母の記憶」が残る年齢までは、今の母に元気でいて欲しいと思う。

言うまでもなく、人生は有限である。

でも、だからこそ、生きていく価値があるのだろう。

この週末は、親孝行をしたい。