脳内シェア

今週の月曜日、元ゴルフダイジェスト・オンライン執行役員で、現在はアライドアーキテクツというベンチャー企業を経営している中村さんと食事をした。

彼との会話の中でとても印象に残っている言葉ある。それが「脳内支配」だ。

僕は「支配」という言葉は好きではないので、彼から「脳内支配」という言葉を聞いた時、「脳内シェア」ってことですよね?と言った。

彼が言いたいことは、物理的な労働時間ではなく、どのぐらい仕事のことを考えているか?例えば、水泳をしながらも、自分の仕事をのことを考えているか?カフェでお茶を飲みながらも、ふっとした瞬間に仕事のことを考えているか?ということの方が大切だということである。

特に、経営者の場合、いわゆる労働時間ではなく、どのぐらい、会社のこと、経営のこと、事業のことを考えているか? そして、それを具体的なアウトプットに変換できるか?が重要である。

このことに近いことを、「風呂に入っている時でも、仕事はできる」いう表現で、グッドウィルグループの折口さんも言っている。

自分が好きなことをしていれば、誰に何を言われなくても、自ら仕事をする筈である。

経営者に限らず、「仕事=苦役」ではなく、「仕事=自己実現であり、楽しみ(Pleasure)」であれば、それが実現できると思う。

そういう会社づくりをしていきたい。

「職員会議」の判断基準。

先日のエントリーで皆さんに報告をした「中学校での授業(講義)」の件ですが、その中学校での「職員会議」にて「市内の人の方がいい」ということで却下されたそうです。

今回の話しを僕に持ちかけられた「学校と社会」を繋ぐお仕事をされているNPO法人の方が昨日、とてもすまなそうに電話をして来られました。

その話しを聞いて、僕は単純な疑問を抱きました。

「市内の人の方がいい」=「市外の人は好ましくない」という「判断基準」はどこにあるのか?

純粋にその理由を知りたいと思いました。

何故なら、それを知ることで今の教育の現場を理解できるような気がしたからです。

そして、まだ1歳にもなっていないとは言え、子供を持つ親として、教育は社会全体の極めて重要なテーマであると考えているからです。

そのNPOの方は、更に、すまなそうに続けました。

「別の学校でも同じような話しがあります。今回のようなことがないよう事前に確認をして、また、お願いしたいと思いますが、その時はお受けして頂けますか?」。

僕はふたつ返事で「もちろんです」と答えました。

またの機会を楽しみに待ちたいと思います。

WEB2.0時代の恩恵。

昨日のエントリー(「中学校」での講義)には、多くの方から貴重なコメントを頂いた。とてもありがたいと思っている。

僕の中では、ビジネスとは関係のない「中学校での講義」というエントリーにコメントを頂けるとは考えてもいなかった。むしろ、興味を持ってもらうことは難しいと思っていた。

しかし、実際に多くの方からコメントを頂いたということは、僕と同じような問題意識を持っている人は少なくない、ということなのだろう。

その中で、「なお」という方から頂いたコメントが印象に残っている。

彼女(おそらく)は学生で、「自分の好きなことを仕事にすべきか、趣味は趣味、仕事は仕事と割り切るべきか?」「自分のしたいことがみえてこないです。将来が不安でたまりません」とコメントしていた。

実は僕も、学生時代や20代前半の頃、自分の人生をどのようにデザインしていけばよいか?がまったく描けず、将来に対する不安と焦燥感を抱えていた。なのでその方の気持ちは痛いほど分かる。

でも、結果的に、こうして生きて来れたし、人生は拓けたと思っている。

また、僕がインタースコープを経営している時、インターンとして働いてくれていた三好さんという学生(当時)から、同じような質問をされたことがある。

僕は彼に、「自分のやりたいことが分からない人はいない。自分のやりたいことや好きなことで生きて行けるかどうか(生計を立てられるかどうか)が分からない(自信がない)んだよ。何でもいいから、自分が好きなことにコミットすること!!」というアドバイスをした。同じことを、別のインターンにも言ったことがある。

要するに、僕自身が学生時代や20代の頃、自分のやりたいことで生きて行けるかどうか?が分からず、というか、自信が持てず、最初の「一歩」を踏み出せずにいたわけで、そのことを彼らに伝えただけのことである。

なので、コメントをくれた「なお」さんも、失敗することを恐れず、最初の一歩を踏み出してみれば、自然と自分らしい人生が拓けてくるのではないかと思う。頑張って下さい。

もうひとり、印象的なコメントをくれた人がいる。

「フク」という方で、僕が「企業(経営者)の姿勢」と書いたことで、あるコラムを思い出したという。

紹介されたコラムを読んでみたら、百年コンサルティングの鈴木貴博さんという方の書いたもので、僕の知っている人だった。彼がネットイヤーにいた頃に、1~2度、お会いしたことがある。

そのコラムで書かれていることは、彼がBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)時代に受けた新人研修でのことだが、ひと言で言えば、「人種差別」のことである。

当時のBCGには、アフリカ系アメリカ人(黒人)のパートナーがひとりもおらず、そのことをBCGのCEOは「恥ずかしいことだと思っている」と言ったらしい。そして、その方がCEO時代に、BCGは大きく成長し、欧米の事務所ではアフリカ系アメリカ人の幹部社員も珍しくなくなったそうである。

「フク」という方がコメントをくれた理由は、僕が「育児休暇や子育て支援といったことへの企業(経営者)の姿勢にも表れているように思う」と書いたことにあったようだ。

いずれにしても、僕が書いたブログを多くの方が読んでくれて、こうして、意見交換ができるというのは、とても素晴らしいことだと思っている。

WEB2.0時代の恩恵を、上手ずに享受していきたいと思う。

「中学校」での講義。

来月の下旬に、相模原市のある中学校で「職業」に関する講義をすることになった。

大学や大学院で講義をしたことは何度もあるが、さすがに「中学校」での講義はしたことがない。講義というよりは、授業といった方がよいだろう。

その「授業」のテーマは、「何のために働くのか(生き方)」や「職業観を学ぶ」というものだそうである。確かに、ドリームビジョンのテーマである。

僕にこのことを依頼してきた方はウェブで検索してきたのだろうが、よく僕のような人間を見つけたものだと思う(笑)。

ところで、ドリームビジョンのオフィスを探している時に、渋谷の法務局の辺りを歩いたことがある。名前は忘れたが、法務局のすぐ近くに小学校がある。

その小学校の横を通り過ぎながら、自分を含めた日本社会(海外のことは知らないが)の大人達は、あまりに子供の教育に無関心ではないか?と思った。

たしかに、「お受験」のような関心を持っている人はたくさんいるようだが、自分自身が直接、教育の現場に関与しようという大人が少ないような気がする。

関与しようにも関与できる仕組みになっていないということもあるのだろうが、僕なりの理解では「お金にならない」という側面があるように思う。

「今」のお金を稼ぐことや、「自分」のお金を稼ごうということを考えると、子供の教育に時間を費やしても、直接的なインパクトはない。

単純な例で、僕が相模原の中学校に「30分」の講義に行くためには、往復の時間を入れれば、ほぼ半日の時間を要することになり、その時間を「今のビジネス」に投下すれば、いくらになるのか?ということである。

しかし、子供の教育に時間を使うということは「未来への投資」であり、結局は自分に返ってくる。その投資をしなければ、未来の「リターン(繁栄)」もあり得ないということになる。

これは、育児休暇や子育て支援といったことへの企業(経営者)の姿勢にも表れているように思う。

僕にとって「2度目の起業」にあたるインタースコープでは、初めての「産休社員」が生まれた。とても誇らしく思う。

米国企業のセールスフォース・ドットコムは、売上や利益の「1%」を社会に還元していたと記憶している。尚かつ、「お金」だけではなく、経営者や従業員の時間の「1%」を社会的活動に費やしていたと思う。

個々人が自分達の将来のために「貯金」をするのと同じように、社会全体の未来のために、ほんの少しの「投資」をする人が増えれば、世の中は大きく変わるだろう。

社会的影響力の大きい人ほど、そういう姿勢を持って欲しいと思う。

井の頭公園

昨日(日曜日)は、悠生を連れて、久しぶりに井の頭公園に行った。

悠生を連れて行くのは今回が初めてだったが、日頃、東京のど真ん中で暮らしているせいか、井の頭公園の緑や池は新鮮だったようで、キョロキョロと周囲を見渡していた。

僕らは結婚して最初の数年間は久我山に住んでいた。

久我山生活の最後の頃はとても貧乏で、時間はたっぷりあるがお金がない生活をしており、久我山から2駅ないし3駅電車に乗り、井の頭公園に行っては時間を潰すということをよくしていた。

当時は、将来に対する不安が先立ち、井の頭公園に足を運んでも、その緑や池を心から楽しむことはできず、ましてや、その何年か後に自分たちの子供を連れて散歩に来ることなど考えたこともなかった。

そんな井の頭公園を、昨日はとても幸せな気持ちで散歩をした。

今の生活は、新しい会社を立ち上げたばかりで、決して安定しているわけではなく、インタースコープの頃と比べれば、むしろ、経済的には厳しくなっているが、それでも、将来はきっと上手くいくと思えている。

きっとそれは、心の底から自分が信じていることをしているからだと思う。

話しは変わるが、今日は、ジースタイラスという会社が運営する「逆求人フェア」というイベントに参加してきた。

興味のある企業のブースに大学生が足を運んで説明を聴くというものではなく、企業側(採用担当者)が興味を持った学生のところに話しを聴きに行くというものである。

そこで出会ったある学生にアドバイスしたことは、強い自分になろうと頑張るのではなく、強い自分も弱い自分も含めて「ありのままの自分を受け入れること」ということだ。

半分ぐらいは自分に言っているようなものだった。

とても貧乏な生活を経て、億単位のお金を集���てインタースコープを立ち上げ、ある種のムーブメントを創り上げた後、再び、スクラッチから会社を立ち上げることにチャレンジしている今は、ありのままの自分を受け入れることが、だいぶできるようになった。

常に、こういう精神状態を保てるようになりたいと思う。

野田秀樹と夢の遊眠社。

僕が大学生の頃、当時付き合っていた彼女に連れられて「夢の遊眠社」の芝居をよく観に行った。

映画は人並みに観ていたが、演劇というものには興味がなく、自分にとって初めて観た演劇が「野田秀樹」が率いる「夢の遊眠社」のものだった。そんなまったくの演劇素人だった僕にも、野田秀樹の天才ぶりはよく分かった。

その野田秀樹のことが、THE NIKKEI MAGAZINE という毎月第3日曜日に発行される日経新聞の別冊(今月号)に特集されていた。是非、読んでみて欲しい。

「現実は思っていたより、はるかに厳しかったよ」。という彼の言葉が紹介されていた。

野田秀樹は1980年代、彼が20代前半だった頃、常識を破る演劇で頭角をあらわし、その後、一世を風靡した。しかし、彼は「絶頂期」にあった「夢の遊眠社」をあっさりと解散してしまう。

「いつのまにか、野田秀樹という虚名に甘えはじめていたのだから。俺は名前ではないのだ。一個の人間なのだ」(『定本・野田秀樹と夢の遊眠社』)。

また、彼には兄がいるらしいが、その兄から「順風満帆だね」と言われたことに対して、「兄貴になんかわかるもんか。夜中にふっと目が覚めるんだ、こんな才能でやっていけるか、と」と言ったらしい。

その彼が「2度目の挑戦」で、演劇の本場、英国ロンドンでの公演を見事、成功させた。

1回目は「退屈」と切って捨てたプレスが、「評価を完全に回復した。まっすぐ劇場に向かうべし」と評したそうだ。

しかし、その準備に投資を惜しまなかった結果、商業的には2,000万円を優に超える赤字だという。

僕が最後に野田秀樹の演劇を観てから、20年ぐらいが経つ。「50歳」になった彼の演劇を久しぶりに観てみたい。

追伸:野田秀樹は、今回のTHE NIKKEI MAGAZINEの取材で「いつも自分は『よそ者』という感覚が離れない」と答えている。その「よそ者」の彼にとって、演劇という「社会のよそ者」との出会いは決定的だったそうである。彼と同列で語っては失礼極まりないが、僕も自分を「社会のよそ者(マイノリティ)」だと感じてきた。そんなこともあり、彼の生き方には共感を覚える。

低リスク&高リターン?

そんな話しがあるか?と思う方が多いと思うが、見方によっては、一定条件を満たすサラリーマンは「低リスク&高リターン」と言えるかもしれない。