第03回 本間毅氏 vol.2 (1)

第03回 本間毅氏 vol.2 (1)

堀江さんとの出会い。

ところで、1997年頃の時代環境というと、Yahoo! JAPANが株式公開し、インフォシーク、ライコス、エキサイトといった検索系ポータルが出てきた頃である。また、インターネット関連の雑誌もたくさん出版され、まさしく、インターネットが社会的に認知されていった時期である。

ちょっと時間が戻るが、本間さんはイエルネットを設立する前の1996年10月、三軒茶屋にあったダイニングバーの2階にオフィスを借りてビジネスをスタートした。オフィスと言っても、バーの改装に使った道具などが散乱していて、足の踏み場もないような、廃墟同然の10坪程の空間だったらしい。そこを9 万円で借りた。

ビジネスを始めたのはいいが、すべてが初めてのことであり、仕事はトラブルの連続。それをどうにか挽回するために、みんなで会社に泊まりこんで仕事をし、1週間も家に帰らなかったこともあったという。

「『俺たち5年後に何やってるか分からない、とりあえず明日の仕事やらなきゃ』という状況の中で、みんなが仕事をする。何回、バイク便と格闘して徹夜したか。納品のバイク便が来るんだけど、『まだ間に合ってません』という・・。電話をして『すみません!もうすぐできますから』『あとどれくらい?』『4時間』『えーっ!』というやり取りがあったり・・・」。

そんな調子でいかにも学生ベンチャーという感じで仕事をしていった本間さんたちだが、有限会社(イエルネット)にしてからは、気持ちの張り合いが変わったのか、お客さんの信用が変わったのか、リクルートの関連会社や大手の広告代理店等から仕事の依頼が来たりと、だんだんといい仕事が増えていった。

因みに、初年度(10ヶ月)の売上は「3,000万円」で、なんと利益が「500万円」も出たらしい!!

写真:本間毅 氏

最初のオフィスはバーの2階で、とてもじゃないけど人が住めるところじゃないって感じでした。

その後、イエルネットは順調に拡大し、1998年の終わりに、学芸大学に40坪で40万円のオフィスを借りる。本間さん曰く、「大出世」である。

ところで、本間さんがその頃に知り合った人のひとりに、「堀江さん」がいた。

「1996年当時、あるメーリングリストでLinuxのリモートサーバの取り扱い方に関する議論をしている中で、堀江さんは、『パールのこのバージョンがどうだとか、BSDI OSのこのバージョンがどうのこうの』と自分で投稿して来た人なんですよ。すごくできるエンジニアだなと思ったんですが、実は彼は同じような仕事をしている人だと分かって、たまたま会う機会があったりして・・・」。

1999年ぐらいになると世の中はネットバブルの様相を呈しており、ベンチャーキャピタル(VC)や証券会社等が訪問してくるようになる。最初は「何だそりゃ?」という感じで、よく分からなかったらしいが、話を聞いているうちに、VCや株式公開の仕組みがだんだんと理解できるようになっていった。

ちょうどその頃、久しぶりに堀江さんと会ったそうだ。