第03回 本間毅氏 vol.1 (4)

第03回 本間毅氏 vol.1 (4)

経験がないからこそ、本能の赴くままに走ることができた。

1995年の秋からホームページ製作の請け負いを始めて、ある行政絡みの広報誌に「ホームページ作ります」という3行広告を出したり、当時のNTTのウェブサイトに「新着情報」というコーナーがあり、そこに無料で広告らしきものを出したりと、試行錯誤で事業を立ち上げていった。

そうやってコツコツと仕事をしていくうちに、400~500万円ぐらいの仕事が入ることになる。本間さん曰く、当時の彼らには、その仕事を受けるだけの能力はなかったらしいが、それを機に人も集めて、何とかその仕事をこなしたそうである。

実は、その仕事がイエルネットの生みの親のようなもので、売上をそのまま「資本金」にして会社を設立した。1997年7月のことである。

1995年から1997年ぐらいにかけて知り合った人たちの中には、今でも関係が続いている人が何人かいるらしいが、何もないところから人脈をつくり、インターネットの黎明期でみんな勝手が分からず、いろいろな人に助けられたり、助けてあげたりするということを学んだという。

本間さんは、当時のことをこう表現している。
「できないといって諦めることは簡単だったけど、諦められない何かがあったということですね。『どうしてもやりたい』という思いが強かったんですよね。それってある意味、学生だったからかもしれない。もっと頭が良くなって経験を積んじゃうと、いろいろな意味でリスクヘッジに走ってしまうので、無茶はできないし、無茶したくないということになっちゃう。でも学生は無知だから、経験もないし、ある意味、本能の赴くままに走ることができた・・・。良い意味で」。

写真:本間毅 氏

起業するには、「既成事実」をつくるしかないと思ったんです。

さて、そんなふうにして学生起業家としてのキャリアをスタートした本間さんだが、彼には、越えなければならない最大の「難所」があった。「お祖父ちゃん」の存在である。

「お前、そろそろどうするんだ?」と詰問するお祖父ちゃんに、「いや、実は就職はしません」と答えるが、当然のことながら「何を考えているんだ!!」となる。

自分で苦労をしながら事業を営んできたお祖父ちゃんは、自分の可愛い孫に、同じ苦労はさせたくなかったのだろう。

「おまえの大学はそれが有名みたいだから、税理士の試験でも受けて、資格を取って地元に帰ってくれば、就職するにも何をするにも有利だ。地元の銀行に勤めれば、結婚してマイホームを建てて、支店長くらいにはなれるだろう。じいちゃんは、さんざん銀行には苦労した。おまえは銀行員になればいい」。

本間さんのお祖父ちゃんは、可愛い孫にそう言い聞かせていたという。

そのお祖父ちゃんを説得するには「既成事実」を作ってしまうしかない。

それが、彼にイエルネットを設立させた。

次回に続く。