
HOME > 市場/事業レポート > 社会情勢1 > 【全4回連載】ホットアフリカ。僕が見たアフリカの今
| 小栗充博 東京大学教養学部在籍 2003年にアフリカに拠点を置くNGO、ADEOにインターンとして参加。以来、日本支部のアデオジャパンのメンバーとして、日本ならびにアフリカ現地にて、『世界エイズデー』を初めとした様々なイベントの企画およびイベントへの参加、さらには、複数のNPO法人と交流を持ちアフリカの地域開発プロジェクトに従事。また、自身の知見や経験に基づき、アフリカの諸問題や国際協力等をテーマとして多くの執筆や講演を手がける。 |
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今回のケニア訪問では、ケニア東海岸にあるラム島を訪れた。 人口12,000人ほどの非常に小さな島である。 住民の99%がムスリムのこの街では多くのモスクがあり、 早朝から、コーランを読む声が町中で聞こえてくる。 今回は写真とともにラム島の魅了をお伝えしたい。 ※左記クリック拡大参照 |
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【島の中心地の旧市街】 古くは奴隷貿易の中心地であったこの街は、14世紀ころの面影をいまだに残している。 厚い壁の古い建物が立ち並ぶ道は、人が二人並んで通れるくらいの狭さ。もちろん車は通れない。ほとんどの人は、歩きかロバに乗って移動する。街の人に聞くと、この島には2台しか車がないのだという。 1台は地方政府用、そしてもう1台はロバの病院用。 |
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【街で一番歴史の古いといわれるモスク】 日中でも何人かの若者がリラックスしながらコーランを読んでいた。 ラマダン(断食月)(文末『用語集/参考情報』の1を参照)に訪れたため、普段はモスクに行かない若者たちもこの時期にはみな足繁くモスクに通っているのだと街の人が教えてくれた。 |
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【食事の準備】 ラマダン中は、日中ものを食べることも水を飲むことも許されない。飲食が許される夕方18時過ぎに近づくにつれて、街は騒がしくなる。 いたるところで、女性たちが食事を準備している風景を見ることができる。 仲良くなったシャヒーブの母親も特製のコロッケを作っていた。 一口食べると笑顔がこぼれる美味しさだ。 |
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【ラマダンのすごし方】 ラマダンのため、日中は大抵のお店はレストランも含め閉まっている。何も口にすることができないため、人々もあまり動き回ることをしない。 のんびり時を過ごすこの時期に、最高の遊びとなるのがキャロム(Carrom) (文末『用語集/参考情報』の2を参照)というボードゲーム。 子供から大人までこのビリヤードに似た競技に勤しむ姿を、街の至るところで見つけた。 たまたまルールを知っていることもあって、夜更けまで一緒になってキャロムを楽しんだ。 これだけ人々がキャロムをするのもラマダンの時期に限ってのことだという。 |
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【ダウ船】 1498年にボルトガル人探検家、ヴァスコ・ダ・ガマがインド洋航海をヨーロッパ人として初めて達成した。しかし東アフリカ沿岸とアラブ地域を結ぶインド洋航路は、その遥か以前より多くの商人が行き来していたものだった。 そして人々の航海を支えていたのが、ダウ船(文末『用語集/参考情報』の3を参照)である。 ラム島では、いまだに多くの漁師がダウ船に乗って魚をとっている。沿岸では多くのダウ船が停泊し、時折砂浜の上で製作途中のものを見かけることができる。 |
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【海の魚】 島では、新鮮な海の魚にありつけることができる。裏道で見つけた魚屋では、1kgあたり250円ほどで売られていた。 魚屋のおじさんが言うには、小さい魚ほど身がしまっていて味がいいという。 新鮮な魚をそのままフライにして食べる。何とも贅沢な島の食生活を堪能させてもらった。 |
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【約束の旅路】 出演:ロシュディ・ゼム, シラク・M.サバハ エチオピアに住むユダヤ教徒のイスラエル移住にまつわる映画。 この移住事業は70年代かに始まり実際に最近まで続けられていた。主人公の葛藤がとてもよく描かれている。 |
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【ナイロビの蜂】 監督:フェルナンド・メイレレス 絶対おススメの映画。悲しすぎるストーリー展開と非常に美しい映像、そしてアフリカを非常にリアルに描いていると思う。 |
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【AMANDLA アマンドラ ! 希望の歌 】 監督:リー・ハーシュ アパルトヘイトの解放運動を支えたのは人々の多くの歌であった、その歌にスポットをあてた映画。多くの人々の歌にはものすごい力を感じる。音楽とは何だろうと改めて考える映画。 ※劇中出てくるヒュー・マセケラはアフリカを代表するミュージシャン。 |




