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第2回 法政大学MBAとの共同講座 2006/8/28


ネットエイジでのインターン ~ 120%理論

平石: あるインタビュー記事を拝見して、120%理論というものがあったので、まずはその辺の話をして頂ければ、と思います。
小室:

120%理論は、ネットエイジという会社でインターンしていたときに、 私が名づけた言葉なんです。 ネットエイジで入社後はアポ取りなどをやっていたんですが、 その後営業同行もさせて頂けるようになりました。 そこで気づいた点があったんです。


ネットエイジの社長はIT会社の社長ですから、 IT用語満載でしゃべるんですよ。 でも、当時は98年なので、 ホテルの担当者は当時HPもなくインターネットもわからないんです。


そこで私は社長に説明の一部を任せて頂き、 一生懸命日本語で説明したんです。 そうしたらお客様からその後問い合わせを何回か頂き、 実際にその企業が初の導入企業になったんです。 社長は驚いて、ネットエイジができて初の契約企業だったので、 「小室さんすごいから、明日から一人で行っておいで」と言われて、 基本的にひとりで営業に行くようになったんです。 しばらく営業をしている間にだんだん面白いほど 営業を取れるようになってきて、 最後には企画の仕事を全面的にやらせて頂きました。 最初に考えていた、本当にやりたかった仕事にたどり着けたので、
その時はとても嬉しかったです。 大学を卒業して資生堂に入る前日、 社長に「なんで最後にやりたい仕事ができたかわかる?」って言われました。


「なんででしょう。やる気ですか?」という話をしたら、 「やる気に近いけど、小室さんは僕がこのぐらい出来るかなって思ったよりも 20%多い120%ぐらいの成果を返してくるんだよ。 それに毎回驚いて、同じ仕事をさせていてはもったいないと思って、 もうちょっと難易度が高い仕事に移すのを繰り返しているうちに、 小室さんが本当にやりたかった仕事にたどり着いたんだよ」と言われました。 そのときに、120%理論って名づけて、 それは資生堂の中でも、起業してからも、 ひたすらそれを実行しているんですけれども、 面白いようにやりたい仕事に近づいていくっていう実感はあります。

平石: エティック(ベンチャー企業を専門にした大学生に対してインターンシップをコーディネートしてるNPO法人)を通して小室さんがインターンされた時には、ネットエイジ以外にも受け入れ先はあったんですよね?どうしてネットエイジを選ばれたんですか?
小室:

当時インターンシップフェアという沢山の企業が来て説明をするイベントに参加したんですが、 そのときは特に私が行きたいと思う企業はなかったんです。

しかし、インターンシップフェアが終わったあとに飲み会があって、 そこでエティックの人と同じ席だったんです。 そこでエティックの人が 「インターンシップ制度を使って、日本を変えたいんです」
ってすごく私に熱く語ってたんです。


私は当時そんなに熱さを表に出すような人間ではなかったんですが、 ここで負けてはなるまいと思って、 「私は、インターネットで女性を変えたいんです」 と一生懸命言ってみたんですよ。

そしたら、彼が「彼女はインターネットで女性を変えたい人」って 私のことを覚えててくれて、ネットエイジの社長の座談会があったときに、 「インターネットに興味があるんだよね? ネットエイジの社長の座談会があるから来たら?」 と私を呼んでくれたんです。


その座談会へ行った時にアンケートの一番下に、 「私はこの企業でインターンをしたい」と書いたのが ネットエイジで働くことになったきっかけです。


そのときの西川社長の話がすごく私には共感できるもので、 当時まだインターネット懐疑論が主の中で、もっと先を見ていたんです。


イ ンターネットが生活の中心になって、 その中でどんなサービスが必要になるかっていう話を 既に彼はしていて、 私もアメリカを見てきて、絶対そういうサービスが必要になる、 日本も必ずインターネットが生活の一部になる っていう実感があったのでネットエイジに入ったんです。


子供を育てる中で


平石: 子供を産んで初めて気づいたこととか、変わったことなどを是非伺いたいんですけど、どうですか?
小室:

そうですね。妊娠期から通じて、いろんなことを学びましたね。 でもやっぱり産んで一番思ったのは、 思い通りにならないこともいっぱいあって、 如何に人を信じて、人に頼って、一緒に何かをやるという風に していかなきゃいけないかっていうのをすごく思ったんです。


子供を産んでからしばらくの間は夜中もずっと授乳でした。 ですから本当に寂しくなり、追い詰められていて、 ある時、私は産後のブルーもあり、 精神的に不安定だったんでしょうけど、 ぶわーって泣いたことがあったんです。 そんな私を見て、夫はいろいろ考えた彼はまず、 朝、子供をお風呂に入れてくれるようになったんですね。


加えて朝食を作ってくれるようになったんですよ。 彼なりに夜はできないことを平日の朝と休日でやるっていう形で 生活を変えてくれて、 私は夜中帰ってくるまでは一人ぼっちなんですけど、 そうやってくれるとだいぶ軽減されるんですよね。


この人がやっぱりこういう風に生活を変えてくれなかったら 成り立たなかったし、 一人でぱっとやっていけることは何一つないんだ、 自分のことだったら何とかなるけどもこの子のことって考えると、 いろんな人の手を借りて育てていかなきゃいけないんだ、 と思いました。


そのときに自分が出来ない部分で素直に手を借りられるか、 って言うのがすごい重要だなって思って、 夫に対してコミュニケーションを すごい素直にとれるようになりましたし、 社員に対してもそうだと思うし自分の親に対してもそうです。


人を信じるってすごく重要だと思うんですけど、 信じて仕事を伸ばしていかないと、 一人で抱え込んでいたら絶対に伸びないので、 人を信じて、組織に任せて多少最初は時間がかかっても、 スタッフができるようになるまで育てる。 人を育てれば必ずできるようになって、 できるようになればその仕事を任せられるようになって、 そして自分が楽になるっていうその期間しっかり、 任せて回すっていうことが出来るようになりました。



自分の力で仕事をする

平石: インターンの経験でベンチャーマインドが生まれたとおっしゃいましたが、それを感じながらも本気で、資生堂をやめようと思わなかった、一番の理由は何ですか?
小室:

ベンチャーで働いた経験が逆に大企業ですごく生きたのは、 ネットエイジ時代ってネットエイジの小室です、って言っても、 誰もネットエイジを知らないんですよね。 なので私は名刺の力で仕事をしていないことが 明らかだったんですよね。 それがすごい自信になりました。


資生堂に入るとどこまでが資生堂の力で、 どこまでが自分の力なのか、 もう資生堂の名刺の力が9割なんじゃないか みたいな感じで不安になるんですね。


修行のつもりで大企業に入って、 ずっと大企業にいる人ってたくさんいると思うんですけど、 それってやっぱり会社の力が自分の力より ずっと大きいということでやめられなくなるんじゃないかと思うんです。


私の場合はネットエイジの経験から、 自分は何の知名度もない名刺で、 あれだけの仕事ができたっていう思いがあったので、 結局資生堂の中に入っても資生堂に働かされているんではなく、自分で働いているんだ、 自分の力で仕事をしているんだというように、 自分を信じることができたのが、 逆に大企業の中でも快適に仕事ができたっていうことなのかな という風に思っています。




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PROFILE

株式会社ワーク・ライフバランス
代表取締役社長
小室 淑恵 氏


1975年生まれ。
99年(株)資生堂入社後、翌年社内のビジネスモデルコンテストで優勝し、1年という異例の速さで本社経営企画室IT戦略担当に抜擢。
同社の経営企画・経営改革を進める傍ら、女性が働きやすい社会を実現するために育児休業者の職場復帰支援サービス新規事業、wiwiw(ウィウィ)を立ち上げ社内起業家として社内外から脚光を浴びる。
「育児休業期間をブランクからブラッシュアップの期間にしたい」と、その普及に努め、 同プログラムは現在約100社が導入、多くの反響を呼び、多数のメディアで取り上げられる。 日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2004・キャリアクリエイト部門受賞。 2005年9月に資生堂を退社。
2006年4月第1子出産、現在は㈱ワーク・ライフバランスを立ち上げ、代表取締役社長を務める。産後3週間で職場復帰し、経営者として活躍しながら、育児にも忙しい毎日を過ごしているが「以前にも増して仕事も家庭もうまくいくようになった」と語る。

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