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本間毅氏vol.1

起業にはリスクは付き物。

今回の本間さんへのインタビューを通じて伝わってきたことは、次の3つ。

自分の軸を持つ。
過去を引きずらない。
リスクテイカー(挑戦者)でありたい。

まず、最初の「自分の軸を持つ」ということから話を始めよう。

僕が本間さんと初めて会ったのは、2000年だったと思う。ETICというNPOが主催するインターンシップに関するシンポジウムがあり、そのパネラーとして同じ席に座ったのが最初だった。その時の本間さんは、言葉には表せないエネルギーを発しており、「いったい、こいつは何者なんだ?」と思ったことを鮮明に憶えている。

これは今回のインタビューで知ったことだが、彼には「起業家」である「ふたりの祖父」が存在する。正確に書くと、おひとりはご健在で、おひとりは既に他界されている。本間さんは、その「ふたりの祖父」から大きな影響を受けて育ったのだろう。
本間 毅 氏 <空白> 祖父のようになりたいと思ったのがきっかけです。

鳥取県で生まれ育った本間さんは、中学の頃から「起業」を意識し始めた。

サラリーマンだった父親と起業家だった「ふたりの祖父」をみて、「ああいうふうになりたい」と思ったのが、彼が起業を志した原点だった。

特に、母方の祖父はかなり羽振りが良かったそうだが、途中で一度、「倒産」してしまう。いわゆる、連鎖倒産である。そんな最中、家にあったものが差し押さえられて運び出される風景を見たり、お祖父さんが銀行の対応を批判しているのを聞いたりしながら、「どうなっちゃうんだろう、お祖父ちゃんは・・・」と、子供ながらに心配したという。

しかし、家族の心配を他所に、そのお祖父ちゃんは「じゃあ、次の商売、何しようか?」と考えていて、「ええっ!」という感じだったそうだ。

そんなお祖父ちゃんだったそうだが、本間さんが起業すると言った時に、いちばん反対したのもお祖父ちゃんだったらしい。そして、本間さんが今、アメリカで仕事をしていることを最も喜んでくれているのも、やはり、お祖父ちゃんだという。

さて、そのようなことで、「ふたりの祖父」からの影響を強く受けて育った本間さんは、どのようにして「学生起業家」となっていったのだろうか?

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PROFILE

本間 毅(ほんま たけし)

Vice President
Sony Media Software & Services
Sony Corporation of America

兼務

ソニー株式会社
コーポレートディベロップメント部
ネットメディア開発担当
チーフプロデューサー

1974年生まれ。中央大学在学中から起業し、1997年にWebインテグレーションを行うイエルネット設立。
黎明期のビットバレーやピーアイエム株式会社(後にヤフージャパンに売却)の設立にも関わる。
2002年、イエルネットの全営業権を譲渡し、2003年、ソニー入社。ネット系事業戦略部門、リテール系新規事業開発等を経て、2005年よりグループ内のネットメディア開発に携わる。社外ベンチャー企業との協業により、Web2.0やBlog/SNS系テクノロジの社内導入を推進する一方、ソニーグループのアセットを活かした新たなネットメディアとしてeyeVio(アイビオ)を立ち上げる。

2008年5月よりSony Corporation of America勤務。サンフランシスコを経て、現在はカリフォルニア州サンディエゴ在住。

連絡先:thonma [at] gmail.com (atはアットマーク)

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