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本間毅氏vol.1

起業家からサラリーマンへ。

イエルネット。伝説のネットベンチャーである。

2000年前後のネットバブルの頃、何らかの形でネットビジネスに関わっていた方であれば、この名前を知らない方はいないだろう。

たまたま出張で「一時帰国」していた、イエルネット創業者で、現在は「Sony Corporation of America」に勤務する本間さんにお会いしたのは7月中旬の夜だった。おそらく、時差ぼけもあっただろうに、嫌な顔ひとつせず、取材に応じてくれた。

イエルネットとは1997年7月、当時、中央大学の学生だった「本間毅(ほんま たけし)」氏により設立されたネットベンチャーである。「学生ベンチャー」だったということもあり、世の中の注目を集め、メディアにも頻繁に登場していた。

日本社会のネット化の進展と共に急成長を遂げていったイエルネットであるが、実は、株式公開の寸前まで行きながら、本間氏自らの意思により、上場を取り止めたという経緯がある。
本間 毅 氏 <空白> (株券を)一枚、残しておけばよかったかな(笑)。
その後、同社は、これまた本間氏の意思により、会社を解散した。2002年11月30日のことである。

会社には、まだ、それなりの現金が残されており、何とか事業を継続することはできなくはなかったらしいが、上場を前提として資金調達をし、とにかく「拡大」を是として突き進んできたイエルネットにとっては、何とか生き延びていくという選択肢には意味がなかったのだろう。ネットバブル崩壊により、事業拡大シナリオの実現が極めて困難になってしまった現実を直視し、従業員に次の仕事を探す時間を提供でき、株主には解散価値で資金を還元できるタイミングで会社を解散することを、本間さんは選択した。

因みに、そこに至るプロセスにおいてイエルネットは、「株券」を印刷する直前まで行っていた。

そこには、当然のことながら、壮絶なドラマがあり、本間毅という人間の生き様がある。

今回は、その稀有な人生を歩んでいる本間毅という人間の「挑戦する生き方」を振り返ってみたい。

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PROFILE

本間 毅(ほんま たけし)

Vice President
Sony Media Software & Services
Sony Corporation of America

兼務

ソニー株式会社
コーポレートディベロップメント部
ネットメディア開発担当
チーフプロデューサー

1974年生まれ。中央大学在学中から起業し、1997年にWebインテグレーションを行うイエルネット設立。
黎明期のビットバレーやピーアイエム株式会社(後にヤフージャパンに売却)の設立にも関わる。
2002年、イエルネットの全営業権を譲渡し、2003年、ソニー入社。ネット系事業戦略部門、リテール系新規事業開発等を経て、2005年よりグループ内のネットメディア開発に携わる。社外ベンチャー企業との協業により、Web2.0やBlog/SNS系テクノロジの社内導入を推進する一方、ソニーグループのアセットを活かした新たなネットメディアとしてeyeVio(アイビオ)を立ち上げる。

2008年5月よりSony Corporation of America勤務。サンフランシスコを経て、現在はカリフォルニア州サンディエゴ在住。

連絡先:thonma [at] gmail.com (atはアットマーク)

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