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吉川欣也氏vol.2

思考や、日々の積み重ねが大切。

ここまでの話を聞いていると、大きなことばかり言う自信過剰な人間に思えるかもしれないが、「新聞配達」をしていたことが物語るとおり、彼は、とても努力家である。

「(自分自身の)思考や日々の積み重ねが重要で、そんなに大きなインパクトというのは、なくなりましたね。むしろ、自分が今やることをちゃんとやれば、確実に夢につながっていくだろうし、今回、このmiseluでは、みんながあっと驚くことが出来るんじゃないかと思います。そんなに、ガツンと人に影響を受けるということはないですね。こちらに来る前、1991年にアンディ・グローブに会った時のインパクトほどのことはあまりないですね」。

普通の人には見えていないもの。

「アンディ・グローブ」とは、インテルの共同創業者であるが、彼は1991年当時、「これからはネットワーク(の時代)だ」と言っていたそうである。

「(そのことが)頭から離れないですね。ビジョナリーというのは、過去に遡ってみた時、普通の人よりも3~5年早く言えるんですよね。『なんでこの人、こんなこと言っているんだろう?』ということは頭に残ります。当たり前のことって、残らないじゃないですか。『ちょっと、この人たち違うんじゃないの?何が見えているの?』というようなものが、自分の中に響きますね」。

僕は吉川さんに、「シリコンバレーはどうなるのか?」という質問をぶつけてみた。

「メディアバレーになるんじゃないですか?」というのが、彼の答えだった。

吉川欣也氏 <空白> 1991年に、アンディ・グローブが「これからはネットワークだ」と言っていたのが、頭から離れないですね。

iPhnoeが登場し、Google はアンドロイドを開発し、それらがプラットフォームとなり、ユーザーデマンドのコンテンツがどんどん出てくる。吉川さんがこれから手掛けるビジネスも、iPhone上で動くアプリケーションとコンテンツ(これが、かなりイケテイル!!)だが、そういうことを考えている人たちがシリコンバレーには大勢いる。

「オセロでいうと、(コーナーの)3つをアメリカの会社が持っている。アップルがいて、マイクロソフトがいて、Googleがいて、最後のひとつはノキアかもしれないし、中国の会社かもしれない」と彼は言う。そして、「ケイタイの中で、最も影響力のあるコンテンツを自分がつくれるかもしれない」ということが、今の彼の原動力なのだろう。

そんな彼の「自信」を裏打ちしているのは、Googleアンドロイド開発責任者のアンディ・ルービンを始めとする、ケイタイをやっているトップの人間達との「ネットワーク」だ。

「ip infusionのことも、みんなが知っていてくれているんです。(会いに)行くと、『知ってるよ。いい製品だね』と言ってくれるんです。でも、シリコンバレーに来た時には、さすがにネットワークがなかったんですね。ネットワークにはやっぱり5年かかったんです。シスコはもちろんすごくいい強い会社なので、悔しいかな、そこの人間達にも手伝ってもらいながらやって来ました。でも、一応、認められたんです。それを持って今度、もう一発やりますということです。サンドヒルのベンチャーキャピタルの人間達も、『おもしろいじゃん。またやるんだね』と言ってくれました。今度は『お客さん』じゃなくて、もっとシリコンバレーの歴史に残るようなものをやります。(まだ)紙(事業計画)だけですが、これからじっくり時間をかけて、いいものを作っていきたいと思います」。

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PROFILE

吉川 欣也(よしかわ よしなり)

愛知県出身。1967年生まれ

法政大学法学部を卒業後、NIF(現大和SMBCキャピタル)に入社。その5ヵ月後に、同社を退職。
その後、独立系シンクタンク「プロトコル」に転職し、当時で言う「ニューメディア」関連のビジネスに関する知見を得る。
プロトコルでの経験を踏まえ1994年、独立。翌1995年に、デジタル・マジック・ラボ(DML)を設立し、代表取締役社長に就任。その後、DMLのCTOだった石黒氏と共にシリコンバレーに渡り、ルーター開発ベンチャーの「ip infusion」を設立。現地のベンチャーキャピタルから約20億円の資金調達に成功。2006年に同社をACCESSに売却(EXIT)する。
現在は、自身にとって「3度目の起業」となる「miselu」を創業。シリコンバレー在住。

これまでの取り組み
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