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保坂高広氏vol.2

人生の「波」を見逃すな。

僕は保坂氏の話を聞きながら、彼の人間性や「精神的な強さ」は、生来のものなのか?それとも、本人の努力による後天的なものなのか?それを知りたいと思っていた。

「やっぱり、プロボクサーになったというのが、一番大きな自信ですよね」。

「死に物狂いで何かに打ち込むって、そんなにめったに経験することじゃないと思います。大橋会長ももちろんですが、元東洋チャンピオンのトレーナーの松本好二さんは、ものすごく人間的に素晴らしい人なんです。就職した後なんですけれど、『試合、やるか?』と言われ「やります、やります」と言っていたんです。でも、仕事が忙しく残業が多くなって、『やっぱりちょっと試合は・・・』みたいなことを言っちゃって、会長が『あいつはダメだな』と言っていたみたいなんですよね。松本さんの『今、ホセ(ジムでのニックネーム)はでっかい波を逃したんだよ・・・』というひと言と、『人生はサーフィンと一緒で、来た波に乗るか乗らないかで、その後が大きく異なる。ボクシングだけじゃなくて、今後の人生でもそういう波を逃しちゃうよ。せっかくそういう波が来たんだから、それに乗らないとダメだよ』という言葉が、すごく印象に残りました」。

僕は、「それで、試合には出なかったんですか?」と質問した。

「結局、出なかったです。僕の代わりに出たヤツを応援しに行ったら、1ラウンドKO勝ちしちゃって、『出ておけばよかったな』と言っている自分が、また情けなくて、『やんねぇで、言うんじゃねえよ』と、自分で自分に言っていました。『人生は波だ。海だ』という松本さんのあの言葉が今でも忘れられませんし、最近はつくづくそれを感じます」。

保坂高広氏 <空白> お父さんが創業された会社(運送関連の事業)のトラックの前で。

人間性が一番。

彼の話を聞いて、トレーナーの松本さんという方に興味が沸き、その方のご経歴を伺ったところ、東洋チャンピオンだった時に、「世界タイトル戦(テレビ放映もされたのだろう)」に「4回」も「挑戦」し、でも、結局はすべて負けてしまい、引退したという。

そんな凄い生き方をしている方と出会えたということは、とても幸せですよね?と言ったところ、彼はこう答えてくれた。

「大きいですね。やっぱりそういうところでも『人間性が一番』だなと思いましたね。いくら稼いでいるかじゃないなと・・・。人間として、そういう『経験』をしてきた人じゃないと分からないことが、やっぱりたくさんあるので・・・」。

次回は、環境ビジネスに取り組む、RAULの江田さんをご紹介します。

文章・写真: 株式会社ドリームビジョン 平石郁生

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PROFILE

保坂 高広(ほさか たかひろ)

1979年生まれ。東京都出身。神奈川県横浜市にて育つ。

法政大学国際文化学部在学中より、ボクシングを始める。大学卒業後、2003年4月、住友商事のグループ会社に就職。
多忙な毎日を送りつつ、ボクシングジム通いを続ける。
2003年11月、2度目のチャレンジで見事に「プロテストに合格」。スーパーフライ級(52.16kg)のプロボクサーになる。
2005年3月に住友商事のグループ会社を退職。2006年4月より早稲田大学MBAに進み、2008年3月に修了。
現在は、自ら起業した会社の他に、父親から受け継いだ会社を含め、3社の経営にあたっている。

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