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津田全泰氏vol.1

成長するベンチャー。「ドッグイヤー」の3年間を過ごす。

そんなことで、創業2年目の楽天に入社した津田さんは、当時の言葉どおり、「ドッグイヤー」の3年間を過ごす。

「最初の3年が楽天市場、次の2年が楽天トラベルをやりました。楽天市場はとにかく人数も少ないですし、何でもやらなければならなかった。とりあえず、まず営業ということで、『お店を出しませんか?』と毎日回るみたいなことを半年やり、その後、広告企画みたいな形で、トップページのバナーの枠を自分でつくって、自分で値決めして、出店者さんに自分で売るみたいなことをしていました。トップページ5万円みたいな感じで、今思えば安いのですが。そういう広告企画みたいなことを半年やり、その後2年は、『SFC出てタッチタイピングができるから、プログラムも書けるだろう』みたいな感じで、なぜかシステム開発をしていました。今考えると、ちょっと違うと思うんですが・・・。開発部のトップをやっていたのが、当時の副社長で共同創業者の本城さんで、『津田君、できるよね』みたいな感じで開発をやらされていました。大学で、C言語が必修だったし、SFCは全員やっていましたから」。

津田全泰氏
当時の楽天は、まだまだ小さな会社でした。
ショッピングモールの仕組みを覚えたり、
プログラムのバグつぶしをしたりと、
すべてが初めてのことで、無我夢中でやっていました(笑)。

「(中略)当時は会社も小さかったので、自分の席からいろんな人の業務が見えるし、どんなことをやっているのかも聞けました。自分も営業系と開発系と全然違うところをやれたし、起業するためのオールラウンドなスキルが自然と身についていきました。もちろん、昇進とかも全然なくて、とにかくプレーヤーとしていろいろやらせてもらった。3年間は無我夢中で、毎日、夜帰って寝巻きに着替えて会社に戻り、翌朝5時までやって、家に帰って寝て、また9時出社みたいな感じだった」。

僕の「若いし、続くわけですね」という質問に対して津田さんは、こう答えてくれた。

「楽しいからですね。他の役員の人たちも全員そうやっているわけですよ。そういうノリで、3年間ガーッとやった」。

それが、「成長するベンチャー」というものである。

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PROFILE

津田全泰(つだ ぜんたい)

1976年生。群馬県桐生市出身。

慶應義塾大学総合政策学部在学中に8人目のメンバーとして楽天株式会社に入社。楽天市場では、出店営業、広告企画、システム開発を担当。2001年には楽天トラベルの立ち上げとして、業務構築からシステム開発まで幅広く担当。
2003年10月にフォートラベル有限会社を設立し、2005年1月に株式会社カカクコムのグループに参加。
2008年1月に株式会社ヨセミテを創業し、同社代表に就任。

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