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江原理恵氏vol.1

ベンチャー企業、そして、株式投資との出会い。

さて、たまたま就職した「証券会社」で、江原さんは頭角を現すことになる。

「非常に男性社会的な風土が強くて、総合職を希望していたにもかかわらず、フタを開けたら地域限定営業職みたいな感じで、制服があって窓口対応をしながら貯蓄系の女性向きの商品を販売するみたいに決められていて、目標は同じなのに、総合職の人と微妙に待遇が違ったりとか。

まあ1年、新人の時は殆ど変わらなかったのですが、それでもやっぱり不服ですよね。『なんで?』という感じです。しかも、その年、2人だけ女性の総合職がいたので、余計に納得がいきませんでした。

『とりあえず、1年頑張ってくれ。成果が出れば考える』と言われ、1年頑張って、私は『新人賞』を取って結果も出したのですけど、それでも結局、総合職に転換できなかったのです。

評価もされないし、でも、やることはやらされる。『どうせ結婚したら辞めるんでしょう?』という空気も強かったですし、やる気満々で入ったのに、そうやってどんどんモチベーションが削がれていきました」。

江原理恵氏
「当時は、ベンチャー企業がどんどん新規公開して、株価が高騰している時代でした。それで、ベンチャー企業に興味を持ち始めました」。

江原さんが就職した年というのは、「911」や「エンロン問題」があり、中期国債ファンドが史上初めて元本割れをするという、証券業界にとっては激震の年だった。

「心から信じて売った商品でお客様を怒らせたりしたこともあって、それ以来、会社から言われたものを『売りたくない』と思うようになりました。自分でいいと思って売らないと、そういうことが起こって責められても、心と身体が分かれてしまうようなところがありました。『女性は貯蓄ものを売れ』というところがあったのですが、私は株価の1万円割れをきっかけに『株』に注目し、「割安株」や「IPO株」を中心に営業をはじめ、当時は非常に獲得が難しかった『信用取引の口座』を数件獲得するまでになりました。

当時、私が配属されていた吉祥寺には、証券会社の支店が『9つ』もありました。私が勤めていた会社は、知名度もありませんでしたし、場所も最悪でした。

それで、私がターゲットにしたのは、既に証券会社と取引をしている方でした。その方たちに、二番目の口座を作ってもらって、他の証券会社の担当者が提案していなさそうなものを提案しようと思いました。そういう人たちはだいたい年配の方なので、そういう方が疎い銘柄にしようと。

例えば、私はゲームとか結構やる方だったので、人気があるソフトやヒットしそうなソフト、開発コストの割安なソフトなどを見つつ、株価の状況と財務内容などを見て、スクエアとかエニックスなどのゲーム株を勧めたりしていましたね。

とにかく事業内容が自分でよく分かる分野の株の研究を徹底的にしていました。それがお客様に気に入っていただけて、販売していく中で、株にどんどん興味が湧いていきましたし、当時、何が経済の下支えをしているかといったら、ベンチャー企業だったんですよね。どんどん新規上場して、株価が高騰して、大きいところが軒並み下がる。それで、ベンチャー企業に興味を持つようになりました」。

因みに、2001年というのは既にネットバブルは崩壊しており、ネット系のベンチャーは元気がなかったが、リテール系(ゼンショー、レックス(当時のレインズ)、タリーズコーヒー、タスコシステム等)は元気が良かったらしい。

次回に続く。

文章・写真: 株式会社ドリームビジョン 平石郁生

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PROFILE

江原 理恵 (えはら りえ)

1977年生。広島県福山市出身。

立命館大学卒業後、証券会社に就職。「新人賞」を受賞。その後、上場前の「21 Lady」に転職し、リテールビジネス専門の企業再生投資ファンドの運営に携わる。
その後、独立系ベンチャーキャピタルのウィルキャピタルに転身し、投資対象となるアーリーステージのベンチャー企業の発掘を担当。
2005年、アールイーを設立し、代表取締役社長に就任。現在に至る。

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