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江原理恵氏vol.2

試行錯誤。そして、初めて感じた恐怖。

さて、そんなふうにして立ち上げた江原さんのフラワービジネスは、どのような軌跡を辿って今日に至っているのだろう?

江原さんは2005年、RE(アールイー)を資本金10万円で立ち上げる。最初は事務所もなく、ウェブサイトだけをつくって、ウィルキャピタル時代に手伝いに行っていたお花屋さんに製作委託をするかたちで仕事を開始した。リスクを最小限にしたわけだ。

しかし、何事も「ローリスク・ローリターン」であり、問題も多々あり、限界があった。

製作を委託するわけなので、どうしても「細部」に拘ったデザインには限界があるし、人間のすることなのでミスもある。いずれは、絶対に自社で店舗を持つことを心に決め、最初はひたすら営業に突っ走る。そんな日々を送っていたそうだ。

「初年度は、月商100万円を目指していました。ビジネスとしては、決して大きな数字ではありませんが、でも、100個(平均単価1万円)ですから。お花を100個売るというのは、結構大変です」。

何事もゼロから始めるというのは、とても泥臭い、そして、本当に小さな数字から積み上げていく覚悟が必要である。

江原理恵氏
「オープンして3~4ヶ月目で売上が落ち込んでしまって、
生まれて初めて震えるような心配をしました。
『どうしよう・・・』って(笑)」。

「始めた年の8月の売上は76,000円です。そこから100万円にするというのは大変なことでした。でも、何とかそれを達成したこともあって、真剣にお店を探し始めて。毎月4~5件単位で新規のお客様も増えていったので、2年前の11月に、ここをオープンさせました。その間、事務所を間借りしたり、いろいろな経験をしながら、ちょっとずつ大きくなって。でも、やはり店を出してからは、生活も劇的に変わりましたし、事業自体が大きく変わりました。それまでは1人でいたというか、個人事業主みたいなものでしたから、ビジネスの質が根本的に変わりましたよね。

でも、世の中は、そうそう甘くはありませんね(笑)。11月にこの店舗をオープンして、最初の2ヶ月はすごく数字が良かったんですが、1月、2月はお花があまり売れない時期なんです。オープンした3ヶ月目、4ヶ月目で数字がすごく落ち込んでしまい、生まれて初めて震えるような心配をしました。それまでは、成功するイメージしか持っていなかったんですけど、初めて恐怖みたいなものを感じました。一時期は、ちょっと鬱っぽくなっていましたね」。

江原さんは、実質的にひとりでやっていた創業当初から何人かの方に社外取締役になってもらっており、定期的に取締役会を開催し、その方々から色々なアドバイスをもらったり、時にはお叱りを受けたりと、そのお陰で、何とか今までやって来れたと言っている。

法人向けのお花のビジネス(贈答用)というのは、どうしても景気の影響を受けやすく、江原さんは、個人ユースを前提とした、お花をメッセージツールとして使ってもらう、新しい商品開発に取り組んでいる。

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PROFILE

江原 理恵 (えはら りえ)

1977年生。広島県福山市出身。

立命館大学卒業後、証券会社に就職。「新人賞」を受賞。その後、上場前の「21 Lady」に転職し、リテールビジネス専門の企業再生投資ファンドの運営に携わる。
その後、独立系ベンチャーキャピタルのウィルキャピタルに転身し、投資対象となるアーリーステージのベンチャー企業の発掘を担当。
2005年、アールイーを設立し、代表取締役社長に就任。現在に至る。

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